ずっとずっとこのままで








 神島家での花見の宴から数日後―。
 鬼たちが住むいつもの溜まり場で何故か飲み比べをしている聖と三吾が居た。
 勝負の理由は簡単。
 単に、花見の席で「どっちが強いか!?」という話題が出たからである。
 当然お互いは自分を主張し、その場で勝負をしようとした。
 ―が、その場には未成年の者も居たし、それよりも何よりも達彦の家である。
 達彦の呆れた笑いが目に浮かぶようだ。
 だから、勝負の場を別に設けることにしたのだった。




 そして夜―。
 そろそろ勝負も終わった頃だろうと思った弓生が珈琲を煎れようとリビングに入ると、ソファーで聖がのんびりと雑誌を読んでいた。
 弓生が近付いてくる気配を感じたのか、聖は雑誌から顔を上げ笑顔を向ける。

「ユミちゃん!本は読み終わったんか?」

「いや、まだ途中だ。…珈琲を貰おうかと思ってな」

 弓生の言葉に、そか…と頷き、雑誌を置いて立ち上がる聖。

「なら煎れたるわ…。部屋に持ってこか?」

「いや、此処で貰おう」

 微笑しながらソファーに腰掛ける弓生を見て、聖は嬉しそうに頷いた。

「うん、分かった。直ぐ煎れたるから、ちょい待っててな」

 いつもとなんら変わらぬ様子の相棒を見て弓生は問いた。

「ところで三吾はどうした?」

「ん?アイツなら酔い潰れてオレのベッドで寝とるわ」

 聖は、なんやアイツも案外呆気なかったな〜…と呟きながらコーヒーメーカーのスイッチを入れる。

「と言うことは…勝負は」

 分かり切ってはいるが弓生は一応聞くと、聖は胸を張って答えた。

「当然オレの勝ちや!」

 えへんと鼻を鳴らす聖。
 断然聖の方が呑んだ量は多いのだろうが、片方は酔い潰れ、片方は平然としている。

「酒呑童子の名は伊達ではない、ということか」

 弓生は苦笑した。
 そこへカップを手にした聖が弓生の隣に腰掛ける。

「どないしたん?ユミちゃん」

「いや…。酒に強いのもいいが、余り呑み過ぎるなよ」

 自分を心配してくれる弓生の言葉に、聖はうん、分かったわ―と笑顔で頷く。

「ところでなんの雑誌を読んでいたんだ?」

 弓生は手を伸ばし、聖の前に置いてある雑誌を取り、表紙に目をやった。
 そこには『露天風呂のある宿〜関東近郊編〜』という題名がデカデカと書かれていた。
 先程から熱心に読んでいたのはこれなのか…。
 すると聖が声を弾ませながら指を差す。

「あっ!それな、今日買うて来たんや。ほんまは日本縦断したいんやけど、最初やから、やっぱ近場がええかな、思て」

 そうか…と呟き、弓生はペラペラとページを捲る。
 その仕草を聖は驚いたように見つめる。
 何故なら聖が買ってきた雑誌を弓生が見るなんてこと、今までほとんどなかったから―。

「どうした?」

 その視線に気付いたのか、弓生が聖を見つめる。

「ううん、なんもない…」

 それから聖は嬉しそうに、雑誌を捲っている弓生を見る。そして―。

「あっ、そこや!」

 突然ページを捲る手をストップさせると、弓生は怪訝そうに眉を寄せる。

「なんだ?」

「ユミちゃん、此処や此処!ええと思わん?さっきも見ててな、ええなーって思ったんや」

 うんうんとひとり頷き、珈琲を飲む聖。

「どうかな?ユミちゃん」

 雑誌を読むこと自体奇跡に等しいのだから、答えが返ってくることは余り期待していない聖―だが。

「此処にするのなら、さっきの……」

 そう言いながらページが戻っていく。
 そして途中でピタリと止まり、そのページを聖に見せる。

「此処の方がいい」

「………えっ!?」

 思ってもみない答えだったもので、聖の反応が数秒遅れる。
 そして聖は、ああ、其処な…と呟きながら渡されたページを見る。

「…ってか、高いやん!」

「…そうか?」

「高いて!しかも部屋に露天風呂が付いてるやん」

「だからだ」

「ユミちゃん、温泉の醍醐味はな、でっかい風呂にゆっくり入って、おっちゃんと『どっから来たん?』『此処初めてなんか?』とか世間話するんが醍醐味やねんで?」

―大きい風呂にゆっくり入るのは別として、おっちゃんと世間話をするのが『温泉の醍醐味』だと感じているのは、恐らく聖だけあろう。

「だったらお前だけ大浴場に行けばいい。俺は部屋の風呂で充分だ」

 せっかく行くのにそんなん、なんか寂しいなーと口を尖らせる聖。

「なぁ、ユミちゃん…。オレ、こないなことあんま言いたくないんやけど」

「なら言うな」

 弓生の答えは非常に簡潔で素っ気ない―。
 それでも構わず聖は続ける。

「でも言うわ!オレら使役を解かれて自由になったやん?」

「…あぁ」

「ちゅうことは、これからは仕事を選べるっちゅうことやろ?」

「…それで?」

「つまりな、仕事がなかったらオレら、食うのに困るやん?金は大事にせなあかんねん」

「食料が無くて切羽詰まるのはお前じゃないのか?10人前は食うからな」

「じゅっ、10人前は大袈裟や!」

 聖は頬を膨らませながら抗議する。

「大体なー、オレはあんま金は掛からんのやでー。それに引き替えユミちゃんは着るモン高いし、車高いし、贅沢やし…」

 聖のブーイングに弓生の眉がピクリと動く。

「それで結局どうするんだ?行くのか?行かないのか?行かないのなら別に構わないが?」

「行く!行くに決まっとるやん!」

 これ以上文句を言うと弓生に怒られそうなので、聖は急いで首を縦に振る。
 それよりも、弓生の気が変わらないうちに行きたいものである。
 だが、なんだかんだ言いつつ、聖は自分の買ってきた雑誌に弓生が手に取り、目を通してくれたこと。
 そして自分の行きたい場所を選んでくれたことが何よりも代え難く、嬉しい。
 凄く凄く、嬉しい―。

「明日さっそく予約するな♪ユミちゃんはいつがええ?」

「いつでも…。俺達は自由だからな」

―自由。
 何処に行こうと、いつ行こうと、彼らを縛るモノは何もない。
 自由とはそういうことなのだ。

「自由か…。ユミちゃん、オレ嬉しい」

「自由になったことが―か?」

「ちゃうねん、もちろんそれもあるけど…」

 一旦言葉を止め、ふわりとした笑顔で弓生を見つめ、聖は続ける。

「こうやってユミちゃんと旅行に行けるんが、嬉しいんや」

「…そうか」

 弓生は聖の肩を抱くと微笑し、見つめ合うのだった。
 そんな二人の様子を見ている者が居るとは知らず…。




「アイツら、俺がいること忘れてねぇか?」

 その者―三吾はリビングに通じるドアの前でへたり込んだ。
 実はかなり前から目が覚めており、水を貰おうとリビングに行こうとしたのだが、割り込めない雰囲気に躊躇していたら、ますます入りづらくなっていたのだった。
 結局三吾はカリカリと頭を掻くと、素直に聖のベッドに戻ったのだった。







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拍手からの移動です。
28巻完結記念で書いたものでした。
当時は「寂しいなあ…(泣)」と思いながら書いたものです。
内容としては、神島家での花見のその後って感じです。
因みに三吾が居ることは、私も忘れてました。

掲載 2005.03.07
再UP 2008.11.22