雪降る頃








 いつものように運命鑑定の札を立て掛けてる机の上。
 その上に三吾が肩肘を付きながら居眠りをしていると、突然机の上に置いてある携帯電話がけたたましく鳴る。
 誰だよ…と思いながら着信画面を見ると、弓生と聖の自宅マンションからだと言うことが一目で分かった。…と言うより、弓生が自分に自宅から掛ける可能性はゼロに等しい。ということはつまりあのマンションから掛けてくるのは一人だけであって…。

「…なんだよ」

 ぶっきらぼうに出ると、案の定、電話口から騒々しい声が返ってきた。

『なんだよってなんやねん!…まぁえぇわ。三吾、今暇か?』

「なんでだよ?」

『どうせ客は来てへんのやろ?せやったら今日はもう店閉めて家来いや』

「失礼なヤツだな!まだ暇だともなんとも言ってねぇだろ?大体お前は人の都合を…」

『えぇから待っとるで〜♪』

 言うだけ言ったらガチャリと一方的に電話を切られ、三吾はツーツーという虚しい音しかしない携帯をただ呆然と見つめる。
 三吾は呆れたように溜息を吐くと、言われた通り早々と店終いの準備をした。
 実を言うと聖からの電話があっても無くても、あと10分もすれば店を閉めて聖んちに上がり込んでメシを食らおうと言う魂胆だったのだ。
 こう寒くてはやっていられないのが現状である。しかも三吾の中には“例え寒空の中でもやろう!”と言う勤労意欲は全く持ち合わせていない。

「俺を誘うくらいだから、メシも当然用意してるよな」

 三吾はポケットに手を突っ込むと肩を丸めながら家路を急いだ。




「おぅ!丁度えぇとこやったな…まぁ上がれや」

 いつものように朗らかな笑顔で迎えられ、自分の家のように上がり込む三吾。

「うぅー、さみぃ。雪降って来たぜ」

「ほんまか?道理で寒いわけやな。けどまあピッタリや」

「あぁ?…邪魔するぜ」

 なにがピッタリなのだろうと思いつつ、リビングに向かう道中で、三吾は手にしていた袋を聖に差し出す。

「聖、これ土産だ」

「へぇ、なんや?」

「焼き鳥だ…ほら、いつもメシご馳走になってるから、たまにはよ」

「なんや、気ぃ使わんでもええのに…。せやけどおおきにな!メシ作っとらんかったから丁度えぇわ。これで一杯やろうや」

「へっ…メシまだなのか?」

「なんや嬉しくてゴロゴロしとったら、今日は出るの億劫になってしもて」

「………?」

 聖の言っている意味が分からない三吾だったが、リビングに続くドアを開けた途端、全てを察した。




 目の前に広がるのはコタツ。
 そう―聖がず〜っと欲しがっていたコタツだった。
 だが、昨日来たときは無かった様な気がする。




「ま、遠慮せんとコタツに入り?暖まるで?今、ビール持ってくるさかい、買ってきてくれた焼き鳥でも食お?」

 ホクホク顔でキッチンへと姿を消す。

「んじゃ…ま、お邪魔します」

 言いながら三吾は見渡すと、コタツの周りには急須だの湯呑みだのの他に、蜜柑だのポテトチップだの煎餅だのと言ったお菓子類が散乱している。

―(もしかして一日中こういう状態だったとか…?)

 そんなことを思いながらポケットから煙草を取り出した時、キッチンから聖が戻ってきた。

「実はな、さっき夕飯の買いもん行こう思たら、明日届くはずやったコタツが1日早く届いてん。せっかくやから箱から出して組み立てて、ちゃんと点くか試したら点くやん?せっかくやから少し当たてこう思たら…こんな感じや」

―せっかくやからが多すぎだ…と心の中でツッコミを入れていると、聖は棚の上に置いてあった灰皿を三吾に手渡した。

「おぅ、サンキュ」

 三吾は灰皿を受け取ると、煙草に火を点けた。
 確かにこの寒い季節、コタツに入ると、まったり気分になってくる。

「…んで、弓生は?」

「ん〜…ユミちゃんはな出掛けとって、帰るんは明日や」

 聖は片手に焼き鳥を、もう片方にビールを持ち、既に一杯やり始めている。

「せやけど、こんなぬくいの一人占めすんのも勿体無いやん?せやからお前誘ったったんや」

「へぇ〜…そりゃどうも。…でもよ、もし俺が焼き鳥買って来なかったら晩飯どうするつもりだったんだ?」

「出前や。お前なに食いたい?」

 寿司に蕎麦に中華にピザに選り取り見取りやで〜と言いながら、次々と机の上にメニューを広げていく聖。

「別に俺はなんでもいいよ…お前は?」

「ん〜…せやったら…」

 呟きながら右から3番目のメニューを引き出し、三吾に見せる。

「オレな、前から宅配ピザって食ってみたかったんや。けど、ユミちゃんがそういうの嫌いなんや。せやから今日がチャンスやからこれがええな♪」

「じゃそれにしようぜ…でも料理好きのお前が作らないなんて珍しいな」

「ああ、それは簡単や。オレはユミちゃんが食ってくれるから作る気するんや。ユミちゃんが食ってくれへんのなら、作る気ゼロや」

 少しも悪気が無く、あっけらかんと言われ、三吾はこっそりと溜息を吐く。

「あっそ…。俺はどうでもいいワケね…」

 分かってはいたが、何処までも弓生中心の鬼の片割れ―その張本人、聖はコタツの上に突っ伏して幸せそうに微笑んでいる。

「あ〜…でも幸せや〜♪めちゃめちゃ幸せや〜♪」

「お前、そんなにコタツ欲しかったのか?」

「あぁ!めっちゃ欲しかったで〜♪やっぱ日本人は冬はコタツに蜜柑やからな!お前もそう思うやろ?」

 拳を握り断言する聖。此処まで喜ばれたら、コタツも本望であろう。

「いや、コタツくらいでそんな力入れる必要もねぇけど。…でも前は持ってなかったのか?」

「ちゃんと持っとったで。…けどユミちゃんに捨てられたんや」

「捨て…られたのか?」

「あぁそや。信じられへんやろ?ヒーター買ったから必要ないとか、新しいマンションには似合わないとか、リビングに置くと狭なるとか、つまらんことグチグチ言いよってからに…しかもやで?オレが買い物行っとる間に粗大ゴミで捨てたんやで?」

「へぇ…そりゃ災難だったな」

 思わず同情してしまう三吾。聖は唇を尖らせたまま続ける。

「せやろ?せやからオレ言うたんや!『粗大ゴミで捨てるんなら、リサイクルショップに出せばえぇんや!』っちゅうてな」

 ドンッと机を叩いて抗議する聖に三吾は言葉を失った。

「…ってか、そうゆう問題か?」

「なに言うてるん?それが一番大事や!勿体無いお化けに祟られても知らんで?」

―勿体ないお化けに祟られる鬼とは、どうゆうものだろう。

 三吾は、一瞬でも聖を同情してしまった自分を悔やむのだった。




 だが、この冬はこのコタツが寒さを凌いでくれるのだろうと思うと、三吾も嬉しく思うのだった。





〜終〜





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拍手から移動してきました。
コタツを欲しがる聖。激カワですvvv
そして、聖がコタツを欲しがったとき、
欲しいなら買ってやるよ、とどれだけの人が思ったでしょう(笑)
勿論、私もその中の一人ですvvv

掲載 2004.12.01
再Up 2008.11.22