静かな夜は二人でいよう |
道満戦終結から数日後。
ようやく怪我が全快し、いつものように忙しなく家事に勤しむ聖の姿があった。 「お前は少しは静かに出来ねえのかよ」 くつろごうと思ってマンションに来ているのに、傍で掃除をされているのが落ち着かないのか、三吾が煙草の煙を燻らせながら文句をたれる。 まあ他人の家でくつろごうとする三吾も三吾だが―。 すると三吾の言葉に振り返り、唇を尖らせる聖。 「せやかて寝ててもずっと気になっとったんや。…けど治ってへんのに掃除なんかしたらユミちゃん絶対怒るし…」 聖は一旦言葉を止め、フウッと小さく息を吐き出す。 「ユミちゃんは根に持つタイプやからな…。一度怒らせたらやっかいなんや」 ブツブツと呟きながら窓をキュッキュと磨く。 「まぁ掃除機は佐穂子が掛けてくれて、ほんまに有り難かったんやけど、雑巾掛けまでは頼めんやろ?」 「別に雑巾掛けなんかしなくても死にゃしねえだろ」 「なにゆうてんねん。掃除っちゅうのは、掃除機と雑巾掛けでワンセットなんやで」 ―(お前は掃除大魔王かよ) 心の中でツッコミを入れている三吾と、ハアッと息を吹きかけキュッキュと窓を磨いている聖。 「よし!これでバッチリや♪」 満足げに窓を眺め、うんうんと頷く。 その言葉通り綺麗に磨かれた硝子窓―。寝ぼけていたら閉まっていることに気付かず突っ込んでしまいそうだ。 そこへキリが良かったのか、読書を一休みした弓生が部屋から出て来た。 「随分と賑やかだな」 「あっ!ユミちゃん♪」 嬉しそうにパッと笑顔になる聖。 「見ろよ、弓生。コイツず〜っと掃除してんだぜ?」 三吾に顎で促され、つい今し方まで聖が磨いていた窓をチラリと見やり、ハアッと溜息を吐く弓生。 「聖…。治ったからと言って余り無理をするなと言っているだろう」 小言が始まりそうだったので、聖はほいっ!と言うように手を上げた。 「分かっとる!もう今日は無理はせんて」 そして弓生の傍に近寄り、フワリと笑う。 「けど丁度良かったわ…。今な、珈琲でも煎れよ思たんや。ユミちゃんも飲むやろ?」 「あぁ…、じゃあ貰おうか」 「うん、分かった!」 笑顔で頷く聖。それからソファにふんぞり返っている三吾に視線をやる。 「お前も飲むか?」 「おお」 「しゃあないな〜。…ほな、ついでに煎れてやるか、ついでに」 「…なんか扱いが違くねぇか?」 ま、分かってるけどよ。とゴニョゴニョと呟く三吾。 すると聖は珈琲を二人の前に置きながら、不思議そうな顔で三吾を見つめた。 「なんでお前にユミちゃんと同じ態度とらなあかんねん?」 今更なに言うとるんやぁ?―と三吾に対して小首を傾げたあと、弓生を見つめ満足げに笑う。 「だってオレ、ユミちゃん好きやもん」 言葉を失ったのは、勿論弓生と三吾である。 「………」 「………だとよ、弓生さん」 突然、しかも満面の笑みで言われたものだから、弓生は未だ言葉を失ったままだ。 すると、珈琲を手にしたまま弓生が無言でソファから立ち上がる。 「あれ?どこに行くんや?」 「部屋に戻る…。珈琲を貰いにきただけだからな」 そかそか、と笑顔で頷く聖。逃げたとはまさか思うまい。 だが、向かい掛けていた足をふと止め、聖を振り返ると手招きをした。 「ん?なんや?」 「その…」 言葉を濁すように呟いた後、小声で囁いた。 「人前で余りああいうことを言うな」 「ああゆうことって?」 ストレートに聞かれた弓生は言葉に困ったが、再び小声で囁いた。 「だから…その…好きとかそういうのだ」 「なんで?好きやのに好きゆうたらあかんのか?」 「別に悪いワケではないが…」 「…ユミちゃん困るんか?」 聖の瞳が揺らぐ。揺れる瞳に見つめられ、弓生も思わず言葉を失ってしまう。 「………」 「もしユミちゃんが困るんやったら…うん!気ぃ付けるわ」 笑顔で頷くものの、寂しげな瞳で弓生を見つめ続ける聖。 「別に困りはしないが…」 「ほんま?ほな、良かったわ〜」 ホッとしたように微笑む聖は、部屋に入る弓生を笑顔で見送る。 そして二人の話している内容こそは聞こえなかったが、何があったかは容易に想像が付く三吾。 ―(ホント、面白いヤツらだな。見てて飽きねぇよ) 三吾はまだ湯気の立っている珈琲を飲み干した。 弓生が部屋に戻ってしばらくの時間が経った後、コンコン―というノックと共にドアが開かれた。 「ユミちゃん、メシ出来たで?」 「あぁ、今行く」 丁度本も読み終わった所だったので、直ぐに立ち上がり部屋を出てリビングに入った弓生は、キョロキョロと見渡した。 部屋にいるのはテーブルの上に食事を並べている聖ひとり―。 「三吾はどうした?」 「ん?帰ったで?」 「…帰った?」 時刻はまだ7時―三吾が帰るには早すぎる時間である。 「なんや久し振りやから、邪魔しちゃ悪いとかなんとか言うて、さっきユミちゃんが部屋に戻ったあとすぐに帰ったんや」 変なやっちゃ〜…と小首を傾げる聖だが、三吾の気遣いが容易に分かる弓生は静かに微笑みながら椅子に腰掛ける。 「ま、えっか!ほな、食べよ?ユミちゃん」 笑顔で弓生の前に座る聖。 「ああ」 小さく呟き、吸い物を口に含み、小鉢を口に運ぶ弓生。 久し振りに食べる聖の味―。弓生は小さくフッと微笑んだ。 不思議なのは聖の方だ。なんせ食事をしながら弓生が笑うなんて―。 「ユミちゃん?」 煮物を口に含みながら不思議そうに小首を傾げる。 「どないしたん?味、変やったか?塩加減間違えたんかな?」 「いや…そうではない」 とは言うものの、口の端の笑みは未だ消しては居ない。 そんな弓生を聖は不思議そうに見つめ続けた。 弓生は椀越しにチラッと聖を見ると、箸を置いて続けた。 「ただ…」 「ただ?」 弓生の言葉を反復する聖。弓生はそんな聖を見つめながら微笑んだ。 「お前の味だな、と思っただけだ。…やっぱりお前の味が一番好きだ」 「ユミちゃん…」 弓生の言葉に嬉しそうに微笑む聖。 「…なぁ、ユミちゃん知っとるか?」 「なにがだ?」 「あんな、人は旨いもんを食っとる時は無意識でも幸せになるんやて。オレはユミちゃんに少しでも幸せになって貰いたい。せやからいつも旨いの食わせてやりたい。…そう思うて作っとるんや」 フワリと笑う聖。照れることなく言葉を紡ぐ聖に、聞いている弓生の方が照れそうになる。 が、弓生は箸を置いて聖を見つめた。 「そうか…。じゃあ俺は幸せ者だな」 その言葉に聖は益々嬉しそうに微笑んだ。 |
道満戦で一度は失ったはずの大切な物―。 その大切な物が再び目の前にある―。 弓生はもう二度と大切な物を失いはしない―。 と言う誓いを噛み締めるのだった。 |
〜終〜 |
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道満編が終わった後は、こんなんだったらいいな〜って思いましてvv でも8巻の後はマヨイガまで飛んじゃうので、書いてみました。 でも絶対にユミちゃんは、聖の作った食事以外口に合わなそうv …ってか、聖がユミちゃんの好みの味に合わせそうv 嗚呼…なんて出来た嫁なんだ!一家に一台欲しいですvvvvv 掲載 2005.02.19 再UP 2008.11.22 |