秘密共有








笹の葉さらさら 軒端に揺れる
お星様きらきら 金銀砂子







「ねえ、聖。その歌なに?」

「なんやお前。この歌、知らんのか?」

「うん。知らない」

「そか」

―(桐子にはガキの頃教えてやったんやけどなー。…ちゅうか、せっかく教えてやったのに逆にごっつぅ怒られた気ぃするわ)

 それは単に頼んでもいないことをするな、ということであって。

―(そんな桐子がコイツに教えるわけないか)

「聖?」

 なにやらブツブツと言っている聖を不思議そうに見る子供。
 その視線に気付いた聖は、かんにんと言って隣に居る子供に微笑んだ。

「これはな、七夕っちゅう童謡や」

「ふぅーん。綺麗な歌だね」

「そか?」

「うん」

「ならお前、ひょっとして天の川とかも知らんのか?」

「天の川?それってどこにある川なの?北の方?南の方?」

 素直な質問に、聖はプッと吹き出す。

「教えてよ、聖」

「天の川はな」

 聖はスッと空を指した。

「天の川は空にあるんや」

「えっ!?空に?」

 目を丸くして驚く子供に、聖は再びプッと吹き出す。

「ゆうても、ほんまに川があるわけやないで?」

「なんだ。ビックリした」

「あと天の川には、彦星と織姫っちゅう伝説もあってな」

 そこまで言って、しまったという顔をする。

「あちゃー…。また余計なこと教えた、ゆうて桐子に怒られてまう」

「大丈夫だよ。母様にばれないようにするから。ううん、もしばれても僕も一生懸命一緒に謝るから」

「せやけど殴られるのはオレだけやで?」

「お願い、聖。だって母様も周りの人もこういうこと教えてくれないんだもん。それに聖が教えてくれることって面白いし…」

「しゃーないなあ。そこまで言われたら教えたる」

「わーい」

 手を叩いて喜ぶ子供を見て、聖は微笑んだ。
 そしてスッと人差し指を自分の口唇の前に翳した。

「せやけど桐子にはオレが教えたって内緒やで?二人だけの秘密や」

「二人だけ?」

「せや。秘密共有や」

「秘密共有…。うん、分かった」

 よっしゃ、と頷き、聖は話を続けた。

「彦星と織姫はお互いを思いあってるんやけど、川を挟んで住んどるから一年に一回しか会えんのや」

「1年に1回だけ?」

「せや。それが七夕の日なんやけど、しかもその日に雨が降ったら会えんのや」

「どうして?」

「色んな説があるけど、オレが知っとるんは、雨が降ると川の水の量が増して洪水になってしまうんやて。川を渡りたくても渡れんのや」

「それって凄く可哀想だね」

「せやな。せやから七夕の夜は晴れますようにて、みんな願うんや」

「そっか…。じゃあ僕も祈る」

「うん、そうしてやり」

 聖は頭を撫でてやった。―と、ふと手が止まる。

「ほな、お前あれも知らんやろ?」

「なに?」

「笹とか短冊」

「うん、知らない」

「そっか。ほなついでに教えたる。七夕ではな、短冊っちゅう細長い紙に願い事を書くんや」

「それで?」

「その短冊を笹の葉に結ぶんや。そしたらその願い事が叶うんや」

「へぇ〜…。僕もやってみたいな」

「やってみたいか…。そか。どないしょかな…。この家には笹なんてないしなー」

 んー…と真剣に考えていた聖だったが、ポンッと手を叩いた。

「せや!確かこの近くで祭りやっとったはずや、七夕祭り」

―正確に言えば車か電車に乗らなければいけない距離だが、聖の足で歩いていける距離は近くになるらしい。

「確かその祭りはでっかい笹があって、みんなで短冊結んどった」

「凄いね!!」

 子供の目がキラキラと輝く。
 聖はそれをチラッと見て、微笑んだ。

「行きたいか?」

「うん、行きたい!!」

 大きく頷くが、でも…と付け加える。

「どないしたん?」

「母様にばれたら…」

「大丈夫や。確かあいつ今日は帰りは夜遅くなるってユミちゃん言うとったし、桐子が帰ってくるまでに帰れば大丈夫や」

 今は夕刻。
 ゆっくりは出来ないが、急げば何とか桐子が戻るまでには間に合うだろう。

「じゃあ行きたい」

「よし、ほなおぶってったる。その方が早いしな」

 聖は元気よく立ち上がると、おぶりやすいようにしゃがみ込む。

「善は急げや。ほな、行こか」

「あっ…。でもその前に…」

「なんや?はばかりか?」

「ううん。さっきの歌、もう一回歌って?」

「さっきの?……ああ、あれか」

 聖はふわりと笑った。

「ええで。せやけど教えてやるから、今度は一緒に歌おうや」

 その言葉に子供―隆仁は嬉しそうに笑った。



********



「どうした?」

 声を掛けられ、我に返った。

「あ…ユミちゃん」

「なにをボーっとしている」

「ん…。なんか今、昔のこと思い出してた」

「昔のこと?」

「うん。隆仁がガキの頃のことや」

 聖はベランダに飾っている笹の葉に触れる。

「あいつな、七夕知らんかったんや。桐子もそれくらい教えてやっても良かったんに」

「桐子は陰陽師には必要ないことは、ほとんど教えなかったからな」

「せやけどオレは桐子に教えてやったで?」

「…そのあと怒られていたけどな」

 確かにその通りなので、聖は思わず跋の悪そうに肩をすくめる。

「せやから七夕の歌とか織姫と彦星のこととか短冊のこととか教えてやった。あいつ、ごっつぅ喜んでた」

「そうか」

「あと、桐子に内緒で祭りにも連れたった」

「ああ、あれか…。そういえば結局ばれてこっぴどく怒られていたな」

「あれは怒られる、なんてもんやないで?ごっつぅ殴られた。しかもグーで!!」

 母親になっても暴力的な所は、ちぃとも変わらんかった、と聖は口唇を尖らせる。

「しかもあの日に限って、帰りが予定よりもごっつぅ早かったし」

「あれはついてなかったな」

「ほんまや」

 口唇を尖らせていたが、聖はプッと吹き出す。

「聖?」

「あいつな、オレが教えてやること全部嬉しそうに聞くんや。それも目をキラキラさせてな」

「……」

「ほんまはあいつともっともっと遊んでやりたかったな」

 隆仁は幼少の頃より、当主になるべくして桐子に厳しく育てられた。
 そんな隆仁を見ながら、せめて自分だけは年相応に扱ってやりたかった。

「桐子の時代で懲りたんじゃなかったのか」

 どんなに子供扱いするなと桐子から怒鳴られても、結局最後まで聖は態度を変えなかったことを言っている。

「全っ然、懲りん」

 そういって悪戯っ子のように微笑んだ。
 そういう態度が桐子の怒りに更に火をつけていたとは知っているのだろうか。
 まあ今となっては全てが遠い昔の物語だが。
 クスクスと笑っていた聖だが、ふと昔を懐かしむように寂しげな表情を浮かべた。

「ほんま懐かしいな…」

「っ、聖」

 泣いている様な気がして、思わず声を掛けてしまう弓生。

「ん?なに?」

 だが振り返る聖は、いつもの明るい表情だ。

「いや…」

 弓生は言葉を一旦止めてから、聖を見た。そして―。

「なら今から…祭りにでも行くか?」

「え?」

「七夕祭り。確かやっていただろう」

 恐らく弓生が言っているのは地元の商店街で行っている小さな小さなお祭り。
 それでも聖は嬉しかった。だから―。

「うん、行きたい」

 聖は満面の笑みで頷いた。






今日は七夕。
彦星と織姫が笑顔で会えますように…。




窓から入る爽やかな風に乗って、短冊がいつまでも静かに揺れていた。



〜終〜




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ちょっと早いけどUPしてみました。
今年の七夕は、聖と隆仁が書きたかった!!
きっと隆仁はこうやって聖から色々なことを学んだと思います。
そしてその後、桐子に怒られる日々(笑)
そしてやっぱりユミちゃんは聖に甘いのでありました(笑)

作:2008/07/03