琥珀の月 |
満月の夜―。 うっすらと雲が掛かり、いつもの満月よりも薄暗い夜。 一人の青年が小高い丘の上から眼下にある都を見つめていた。 年の頃は二十歳前後。まだ少年の幼さを僅かに残した面影が印象的だ。 だがそれよりも印象的なのは、暗闇の中で光る蒼い瞳。頭から生えている2本の角。その姿でその者が人間ではないと一目瞭然だった。 数刻の後、その青年が徐に片手を上げると、その背後に同じように角を生やした者が次々に現れる。 そして上げていた手を一気に下げると叫んだ。 「ほな、いくで!お前ら!!」 その言葉が合図のように、そこにいた者たちが一斉に雄叫びを上げた。 「おぉー!!」 そして最初に声を上げた青年―酒呑童子が身軽に丘を駆け下りるのを先頭に、皆も一斉に丘を駆け下りた。 「大江山の鬼が出たぞ〜!!」 「きゃー!!」 「逃げろー!!」 酒呑童子は逃げ惑う都人には目はくれず、斬り付けてくる者のみに鮮やかに刀を振るう。 「死にとうなかったら引っ込んでいることや!!」 一応は手加減をして急所は外しているが、返り血を浴び、蒼く光る瞳で睨まれて、刀を持つ者たちも恐ろしくなり思わずたじろぐ。月光で影になり顔がハッキリとは見えないが、これが極悪非道の悪鬼で有名な酒呑童子なのか。 「頭領!あっちは終わったそうです」 「よっしゃ、分かった。ほなオレらもずらかるか!」 だがそんな酒呑童子の前に数人従えた一人の武士が現れた。一目見ただけでかなりの能力があると分かった。 「貴様が酒呑童子か…。観念することだ。今から貴様を封じてやる。盗んだ宝を返し、大人しく捕まるのなら楽に殺してやる」 チャリ…と音を響かせながら刀を構える。月光で妖しく光る刃。恐らく念を込めた刀であろう。 酒呑童子は瞬時に、コイツは一撃では倒せんなと思った。だが、負ける気だってしない。 ただ…。 「アホか。このオレが人間ごときに封じられるワケないやろ。それにもう遅いわ。今頃は倉ん中は空っぽや!残念やったな」 フフンと笑う酒呑童子。 今回の作戦は酒呑童子と数人の鬼が囮役。 その間に他の鬼達がゴッソリとお宝を頂戴するという方法だった。 酒呑童子の言葉を聞いた武士はグッと息を呑み、配下にいる者たちに倉に行くよう命じるため、ほんの一瞬目の前の鬼から目を離した。その僅かな隙を突いて酒呑童子はヒラリと身を翻すと鮮やかに屋根の上に降り立った。そして屋根から屋根へ飛び移ろうとした時だった。 「待て!逃げるのか?」 ―逃げると言う言葉に、思わず酒呑童子は立ち止まり下を睨み付ける。別に逃げるワケでもないし、少しくらい腕の立ちそうな武士ごときにやられる酒呑童子でもないが、目的が済んだ今は、単に戦うのが面倒で早く帰って仲間と宴会をしたい。ただ本当にそれだけである。 だが、逃げると言われたことが非常に頭に来た。 「誰が逃げるやて?ふざけるんやないで!!」 カッとなって腰の刀に手をやり、再び屋根から飛び下りようとした時だった。 「酒呑童子!!」 いつの間にか向かいの屋根にいた鬼から名を呼ばれ、酒呑童子は我に返った。その鬼は今回は盗む側のリーダーだったが、恐らく囮側の他の鬼からこの状況を聞いたのであろう。肩が大きく上下に揺れ息も乱れ、急いで来たというのが一目瞭然だった。 酒呑童子は怒っていた肩を下ろし、「分かっとる」と言うと、刀から手を離した。その代わりに手に溜めた蒼い光の光球を投げた。 かなりの衝撃がくると思われたが、それは目眩ましの光球だった。下の者たちが視力を取り戻している間に酒呑童子はそのまま走り去り、あっという間に見えなくなった。 「おっ、追え〜!鬼どもが逃げたぞ〜!!」 慌てて追い掛けたが、既に鬼の姿は遥か彼方だった。 仲間誰一人ケガすることなく、実入りもなかなかでかなり稼げた今回。皆ご機嫌で酒を酌み交わしていた。酒呑童子も笑顔で飲んでいた時、そこへ恐い顔をした鬼が歩み寄って来て酒呑童子の脇に立った。 「酒呑童子。お前さっき思わず下りようとしなかったか?」 逃げるのか、と言われた時の件だと分かった酒呑童子は「今日は祝いなんやから怖い顔せんとお前も呑み?」と話を誤魔化す。なんせ目の前の鬼は直ぐに小言を言うからだ。 「直ぐにカッとなるのはお前の悪いクセだ。お前は俺たちを率いている頭領なんだぞ」 やはり小言が始まった。 「せやかてぇ…」 拗ねた口調で言うと、逆に相手は厳しい口調になる。 「酒呑童子!!」 だから思わず酒呑童子も真面目な顔になった。そして、静かに頷いた。 「分かっとるって。別にお前が心配せんでも相手の力量くらい判断出来るわ。あそこに居ったヤツは、確かに今日会った中では一番力あったかもしれへんけど、それでもほんまに大した力、持ってなかったで?」 「それでも万が一のことだってある。もしものときはどうするつもりだったんだ?」 「万が一も、もしももありえん」 「酒呑童子!お前は都のものを甘く見すぎる!!」 「っ!オレがいつ甘く見たんや!オレはどんなヤツにも負けんって言ってるだけや!!」 怒られてばかりなので、思わず酒呑童子も反論する。 だが全くと言っていいほど説得力がない。 「それが甘く見ているということだ。お前が強いと言うことは分かっている。だが猪突猛進が通じない場合もあると言うことは分かっておけ。いつも言っているが油断だけはするな」 「………」 茨木童子が相手だと、最後は返す言葉がなくなる酒呑童子。 すると酒呑童子の隣にいた虎熊童子が、手にしたお猪口を上に翳した。 「まあそんくらいにしといてやれや」 「虎熊」 助け舟に思わず笑顔になる酒呑童子。 「頭領だって分かってるさ、な?」 「おぅ」 笑顔のまま頷く。 「だが…」 「お前は真面目すぎてどうもいかん。せっかくの祝いの席だ。ほらっ」 お前も飲め、というようにお猪口を勧められた茨木童子はフウッと息を吐くと、虎熊童子からお猪口を受け取った。 「分かった。そうしたらこれだけは約束してくれ」 「約束?」 「ああ。今度また同じようなことがあったら、これからは一人で戦おうとせず、仲間の援護を待ってくれ」 「茨木…」 「俺たちは皆、酒呑童子に、お前に惚れてこの大江山に来たんだ。お前を好いているんだ。お前のためなら命を捧げても構わないと思っているんだ。それなのに当の本人のお前が余り無茶をしないでくれ。頼む」 茨木童子の口調が余りに真面目なものだから、酒呑童子は静かに頷いた。 「うん」 「その意見には俺も賛成だな。頼むぜ、頭領」 「虎熊…」 「約束してくれるか?酒呑童子」 先ほどまでとは違う茨木童子の優しい口調に、酒呑童子は顔を上げて再び素直に頷いた。 心から心配してくれているのも分かるからだ。 「分かった、約束する。今度から気ぃ付けるわ」 酒呑童子が笑顔で答えると、茨木童子の小言もそこまでになった。 「もう行ってもええやろ?」 「ああ…。だが何処へ行く気だ?」 「ちょっとな。すぐ戻るわ」 酒呑童子は奪ってきた金品を徐に掴むと、山の麓まで下りた。 そして入り口で見張りをしていたある者に、手の中の物を全て渡した。 「ほら。お前の分や。見張りご苦労さんやな」 「頭領。ありがとうございます」 だが、その男は手の中の金品を見て驚いた。 「とっ、頭領!!こんなに貰っちまっていいんですか?」 「構わん。確かお前のおかん、病気やったよな?これでええ薬買ってやり」 「頭領…本当にありがとうございます!!」 「そない礼なんか言わんでもええって。家族が居るもんは家族を大事にしてやり?」 酒呑童子は邪気のない笑顔で笑った。 生まれてすぐに捨てられ、物心ついた頃から親のいなかった酒呑童子。 家族と言うものを全く知らない酒呑童子。 それでも家族は大事にするものだと、家族のいる仲間にはいつも優しく諭していた。 都では、どんなに極悪非道の悪鬼と言われようとも、仲間は何よりも大事にする酒呑童子。 大江山にいる者たちは皆、そんな酒呑童子が好きだった。 それから数ヶ月後。 都には再び襲ってきた大江山の鬼たちの姿があった。 「鬼が出たぞー!」 「大江山の鬼だ!」 そんな声を背後に聞きながら、酒呑童子はくっくっと笑う。 「アホか!もう遅いわ」 そして鮮やかに屋根から屋根へと飛び移っていった。 その後ろ姿を一人の鬼が見つめていた。 「大江山の鬼がまた出たそうです」 「そうかい。それでその子の顔は見たかい?」 「いえ。私が駆け付けた時は丁度逃げる所だったらしく後ろ姿でした」 「そうかい。でもまた会う機会が来るだろう」 「あの鬼に…ですか?」 その言葉に陰陽師は優しく微笑んだ。 全てを見透かすこの陰陽師はなにを見ているのだろう。 高遠はまだ見えぬ未来に思いを馳せた。 空には綺麗な満月が陰陽師を、高遠を、そして大江山の鬼たちを照らしていたのだった。 〜終〜 |
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大江山ブームに乗って書いた作品。 もちろん聖や鬼同丸も好きなのですが、 大江山の頭領の頃の酒呑童子も好きですvv 鬼たちに愛されてるなあ…特に茨木童子にvv …な、酒呑童子が美味しいですvv 一応設定的には、晴明様に会う数年前で、 まだ自分が成長しない鬼だと気付いてない頃です。 因みに今回はユミちゃんは出す気なかったのですが、 気付いたら出てました(笑) やっぱり根っからの弓聖っ子なのでしょうか? 作:2008/05/14 |