夕食も終わり、弓生が自室で本を読んでいる頃―。
リビングでは聖がなにやらガタガタと探し物をしていた。
「あれ?オカシイなあ?何処に閉まったんやっけ…」
カリカリと頭を掻き、引き出しを開け閉めする。
そして引っ掻き回している内に、聖の手がピタリと止まる。
「あった…これや!!」
聖は嬉しそうにそれを取り出すと、懐かしそうに目を細めた。
時は1850年―。
この頃はまだ、高遠と鬼同丸と呼ばれていた頃―。
二人で京都の町を歩いて居たときだった。
それまでは「それでなー」と楽しげに高遠の隣で話していた鬼同丸だったが、突然「あっ…」と小さな声を漏らしたと思ったら、ふと足を止めた。
それで2,3歩前を歩いていた高遠も止まって振り返る。
「どうした?鬼同丸」
すると鬼同丸は、道端に出ている店の内のひとつをスッと指さした。
「なあ高遠…オレ、あれやってみたい」
鬼同丸の指さした先にあったのは―。
写真機―今で言うカメラだった。
この数年前に日本に写真機が伝来したが、当時は『写真を撮ると魂を抜かれる』と言われ、敬遠されがちだった。
別に高遠はそんな迷信を信じているわけではなかった。だが、当然のことながら首を縦に振るわけではなく―。
「行くぞ」
立ち止まったままの鬼同丸に素っ気なく声を掛けると、促すように歩こうとした―が。
服の袖を引っ張って止められ、思わず振り返った。
「…鬼同丸」
すると、鬼同丸は真剣な表情で、真っ直ぐに射抜くように高遠を見つめた。
「あれがやりたい」
「……行くぞ」
「せやからあれがやりたいって言うてるやん」
「下らん」
ぶっきらぼうにそう言い捨てると、鬼同丸はむーっと口唇を尖らせる。
「ちょっとくらいええやんか!それとも高遠は迷信信じとるんか?」
「そんなわけないだろう」
「だったらええやんか…なあなあやってみようや〜」
猫撫で声で甘えた声を出す鬼同丸。
「…そんな声を出しても駄目なものは駄―」
「それにせっかくの記念やんか」
その言葉で、思わず高遠の言葉も途中で止まる。
「……なんの記念だ?」
思わず聞き返すと、鬼同丸は満面の笑みになる。そして―。
「なにて…高遠の誕生日記念や」
そう答えた鬼同丸の微笑みは眩しいくらいで―。
―(覚えていたのか)
いや、そもそもコイツはそういうヤツだ。
「高遠?」
小首を傾げて自分を見つめる鬼同丸に、高遠はもう何も言わず、ただ口の端を上げる。
それで了承してくれたのが分かったのか、鬼同丸は嬉しそうに大きく頷いた。
「ほらほらっ!そうと決まったら、はよ行こうや」
鬼同丸は高遠の腕をグイッと取ると引っ張るように連れてくる。
そして人差し指をスッと出した。
「おっちゃん!1枚頼むわ」
「何を見ているんだ?」
「あっ、ユミちゃん」
聖は嬉しそうに振り返ると、声を掛けた主に微笑み掛ける。
「ユミちゃん、懐かしいもん出てきたで。これ見てや」
聖がそれを手渡すと、弓生は思わずその場に立ち尽くした。
「これは…」
それはあの時の写真だった―。
裏を返すと、いつ書いたのであろう、『1850年7月17日 高遠誕生日記念』と記してあった。
「これは…また随分と懐かしいな」
「せやな。この時ユミちゃんごっつ写真取るの嫌がってたなぁ。でも最後は一緒に撮ってくれたし、ユミちゃんええヤツやな」
「…あれはお前が無理矢理撮らせたようなものだろう」
「…覚えとるんか?」
「当たり前だ」
すると聖は嬉しそうに笑った。
「そっか…覚えてたんか、そっか」
「そう言えばあの時も今みたいに嬉しそうな顔をして、しばらくその写真を見ていたな」
―弓生の言うしばらくとは、何日…いや、何ヶ月も―という意味である。
「当たり前や。オレ、あの時ごっつぅ嬉しかったもん」
「…そうか。それにしてもよくこんな昔のを取ってあったな」
あれから二人は数え切れないほど住処を移した。
その場に置いてきた荷物もあれば、一緒に移動した荷物もあった。
だが、その騒ぎで一枚の写真など、何処かへ紛れてしまったと弓生は思っていた。
それなのに―。
すると聖はフワリと笑った。
「当たり前や。あの頃撮ったんはこれ一枚しかないから、引っ越すたんびにオレは大事に懐に入れてたんやで。オレの大事な宝物や…」
聖はその写真をギュッと抱き締める。
―(宝物…か)
半分以上、付き合いで撮ってやったような写真―それもたった一枚の写真なのに。
その写真を宝物だと言って後生大事にしている聖が、溜まらなく愛おしい。
「あっ!せや、ユミちゃん。写真撮らん?」
「今か?」
「うん、そうや。確かこの辺にカメラがあったはず……」
引き出しをガサゴソし、「あった!!」と弓生にカメラを見せる。
「なあなあ撮ろうや」
「俺は良い。撮りたいなら俺が撮ってやる」
「それやったら意味ないやんか!せっかくの記念なのに」
「…記念」
―(一体なんのだ?)
と聞こうとした弓生だったが、言葉を途中で途切らせた。
―(ああ、そうか)
聖の意としていることが分かり、弓生は笑みを浮かべた。
するとその弓生の心中を察したのか、聖は、うん!と大きく頷いた。
「当たり!ユミちゃんの誕生日記念や」
そう言って笑った笑顔はあの時の笑顔と同じで、眩しくて―。
とても愛おしかった。
そして、リビングのキャビネットの上には、2枚の写真が並べて置いてあるのだった。
―終―
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