元日―。
鬼の住処には、新年早々から三吾や成樹が来ていた。
片や年賀に来たと酒を片手にやって来て、片や「お年玉ちょーだい」と言ってやって来た。
そんな二人を聖は快く迎えた。そして雑煮やらおせちやら色々と出してやる。
ひとしきり食べたあと三吾はゴロリとソファに横になった。
「あー、食った食った」
「コラコラ!食って直ぐ横になったら牛になるで?」
母親のようなことを口にしながら聖は酒を含む。
「せやけどよう食ったな?旨かったか?」
「ああ、旨かったから食い過ぎた」
「そら良かったわ。こんだけ食ってくれると作り甲斐あるわ」
聖がニンマリと笑う。
「でもおせちとか雑煮なんてガキの時以来だ」
「毎年ちゃんと実家に帰ればあるんやないか?」
「るせー。それより弓生は?」
「ん?部屋に居るで?呼んで来よか?」
「いや、いい。っつかアイツは昼メシ食ったのか?」
「うん。お前らが来る前にオレと一緒に食ったし、お前ら来た時も声掛けたけど今は要らんて」
「……正月から押し掛けて来ちまって怒ってねえか?」
その言葉に聖はアハハと笑った。
「今さらそんくらいで怒るわけないやんか。いきなり押し掛けて来るのはいつものことやし」
サラリと言われ返す言葉がない三吾。
これが嫌味ではないのが、この鬼ならではなのだろう。三吾はボソッと呟いた。
「それは悪かったな」
「それにオレもごっつぅ暇してたから丁度良かったわ」
「暇?」
「ユミちゃんな、今年は初詣に連れてってくれんかったんや」
「初…詣」
「せや。なんや今年は気分が乗らんのやて。昨日は一緒に紅白も見たし、年越蕎麦も食ったし、除夜の鐘も一緒に聞いたんに、これで初詣も一緒やったら申し分ない年末年始やったのになー」
あの弓生がそれだけ付き合ってくれただけでも凄いことなのだが、ついつい欲が出てしまうのは鬼でも一緒らしい。
「鬼が紅白とか年越蕎麦とか食うなよ」
「なんやー?鬼が紅白見たらあかんのか?年越蕎麦食ったり除夜の鐘聞いたり初詣行って祈願したらあかんのか?」
「いや、そうとは言わないけどよ」
聖と会話していると、果たして相手が本当に鬼なのか疑いたくなるときもある。
普通の人間と何ら変わりない生活をしているからだ。
いや、普通の人間よりも人間らしいときがある。
すると、それまで正月番組を見ながら雑煮を食べていた成樹がひょいっと三吾の方を向いた。
「無駄だよ、無理無理。なんせ聖ってば節分に豆捲いちゃうからさ」
その言葉に三吾はぶっと吹き出す。
「マジかよ!鬼が『鬼は外〜』って言うのかよ、こりゃ傑作!!」
「だよねー!」
アハハと笑い合っている二人を横目に聖は口を尖らせた。
「なんやお前ら!正月早々喧嘩売ってるんか?」
その時リビングのドアが開き、弓生が入ってきた。
「あっ!ユミちゃん」
「なんだ…随分と騒がしいな」
聖はすがるように弓生の元に飛んでいく。
「ユミちゃん!!ちょっと聞いてや!アイツら新年早々オレのことバカにするんやで?」
「どんな風にだ」
「鬼のくせに初詣行ったり節分に豆捲くのは変なんやて」
「それは俺も前から言っているだろう」
冷静に言われ、三吾は再びプッと吹き出す。
その姿を睨みながら、聖は再び口唇を尖らせる。
「もうええわ!ユミちゃんの意地悪!」
「新年早々怒るな」
「ユミちゃんが意地悪言うからやろ」
「それより…」
三吾と成樹をチラッと見ると、聖の腕を引っ張った。
「話があるから、ちょっと来い」
「話?ここでもええやんか」
…とはいうものの素直に従う聖。
弓生の部屋に入ると、聖は後ろ手にドアを閉める。
「話てなんや?」
不思議そうに自分を見つめる聖に、弓生は封筒を渡した。
聖はその封筒を陽に翳したりしてじっと見つめる。
「なんやこれ」
「世間で言う…お年玉だ」
その言葉に聖は信じられないと言った様子で弓生の顔を見た。
「お…年玉やて?」
「ああ、そうだ」
「なんで?オレ、ガキやないで」
「ならお年玉ではなく小遣いだ」
―(どっちもガキにあげるもんやないか)
心でツッコミすると、弓生がその封筒の先を掴んだ。
「要らんのなら返せ」
「嘘、嘘!欲しい、下さい!!」
聖は慌てて取り返すと、満面の笑顔になる。
「嬉しい…ごっつぅ嬉しいわ」
本当はお年玉でも小遣いでも呼び方はなんでもいい。どうだっていい。
だって弓生からこんな風に貰うのは初めてなのだから―。
だから正直本当に、本当に嬉しい―。
「オレ、お年玉とか貰うのは初めてや」
「そうか」
「うん。昔、桐子にやったことはあるけどな」
「その後かなり怒られていたな」
「そうやでー!『私を子供扱いするな、馬鹿者!!』ってグーで思い切り殴られたわ。お年玉やって殴られたら割りに合わんわ」
抗議するような聖の言葉に同情するように弓生もそっと笑みを漏らす。
「確かにな」
「せやろ?せやから頭に来て毎年お年玉やったわ。そしたらいつの間にか正月からしばらくはオレから逃げるようになってしもた」
桐子の性格からしたら、鬼からお年玉を貰うのはプライドが許さないのだろう。
その結果が正月早々この鬼から逃げることだとしたら、並大抵のことではない。
桐子の苦労が目に見えるようだ。弓生の聖への同情はあっと言う間に消えた。
「あとな、隆仁にもようお年玉やったわ」
「隆仁に?」
初耳だというような弓生の表情に聖は驚いた。
「あれ?ユミちゃんは知らんかったっけ?あっ、そか。オレ、桐子にバレると怒られるから誰にも言うなって言ったんや。アイツ律儀に守ってたんやな」
聖はフッと優しく微笑む。
「アイツ、ごっつぅ嬉しそうやった。その金を大事に取っておいて、夏の縁日の時に使ったりしてたなあ」
懐かしそうに微笑むと、聖はふと我に返る。
「せやけどなんで急にオレに?」
「いつも家のことを色々してくれている礼だ」
「そんなん好きでやっとるのからええのに…」
「それに…。お前のメシは…世界で一番旨い」
聞いたことも無い言葉に聖は驚く。
「ユミちゃん!?」
弓生は滅多に「旨い」と言わない。
だが、残さず食べるのを見て、「きっと旨かったんやな」と聖は理解していた。
それだけで良かった―はずなのに、今の言葉が凄く凄く嬉しい。
「なら今年も思いっ切り腕を振るうからな」
「ああ。それは楽しみだな」
弓生の言葉に聖は嬉しそうに微笑んだ。
「今年も宜しくな」
「うん、こっちこそ宜しゅうな」
新年早々から幸せな雰囲気に包まれた二人だった。
そしてその日の夜―。
既に三吾も成樹も退散し、部屋には昼のような賑やかさはない。
聖はリビングで本を読んでいる弓生の前に珈琲を置く。
―と、弓生はふと本から視線をあげ隣りに腰掛けた聖に話し掛けた。
「ところでさっきあげた金で何を買うか決めてるのか?」
「ん〜…それな、考えたんけど丁度今、欲しいモンがあるから、それ買うことにしたわ」
「欲しいもの………電化製品か?」
「ちゃうわ!」
即ツッコむ聖。自分が欲しいものがなんでもかんでも電化製品に結びつけるのは止めて欲しい。
だが言われてみたら、新しい炊飯器やオーブンレンジなんかが欲しいのは確かだ。
「…そりゃ電化製品で欲しいモンはあるけどな」
小さく呟く聖。
「…じゃあなんだ?」
「そんなんユミちゃんには内緒やー」
そう言うと、なにやら弓生は眉根を寄せて本気で考えている。
なんだかその姿が可愛くて―聖は満面の笑みになり、弓生との距離を詰める。
「なら当ててみ?」
悪戯っ子のような微笑みで、聖は弓生に凭れるようにピッタリとひっつく。
「全く分からん。ヒントをくれ」
「ヒントか?しゃーないなあ…。なら、ヒントは邪魔にならんもんや。いくつあっても困らん」
益々分からない―。
「降参だ」
「もう降参か?なんやつまらん。なら正解は―」
聖は弓生を見る―そしてふわっと笑う。
「ユミちゃんのネクタイや」
「………ネクタイ?」
「せや!ついこの前な、街歩いとったらユミちゃんの好きなブランドの店があってな、ちょっと中を見てみたらユミちゃんにごっつぅ似合いそうなカッコええネクタイがあったんや。せやけど、ちょい高うて持ち合わせが足りんかったんや。しかもそれな?日本にほとんど入荷されてない柄なんやて。せやから取り置きして貰ってるんや。は〜でも良かったわ〜。これでようやく買えるわ」
ホッと胸を撫で下ろす聖。
だが、逆に弓生は呆れるような溜息を小さく吐く。
「…俺はお前にやったんだ。だから俺の物を買ったら意味がないだろう。そうじゃなくお前の欲しい物を買え」
「せやかてオレの欲しいモンがそれなんやもん。しゃーないやん」
「聖」
いい加減にしろというように名を呼ばれ、聖は少し無気になってしまう。
「そりゃユミちゃんから貰った金でユミちゃんのモンを買うと、オレの金やないからオレがあげた訳じゃなくてユミちゃんは自分の金で買うことになるかもしれんけど…あれ?」
段々自分で言っていることが分からなくなる聖。
ガリガリと頭を掻く。
「せやからオレがあげたいんや。ユミちゃんが日頃の礼にオレにこの金くれるんなら、オレはその礼にユミちゃんにあげたい…それがギブアンドテイクやないか」
―(少し意味が違う気がするが)
訂正しようとしたが、真剣に自分を見つめる聖を見ては何も言えない。
「それでも…それでもあかんのか?どうしても受け取ってくれんのか?」
すがるような目で見つめられ、弓生は降参だというように口の端をあげる。
そして無造作に聖の頭を掴むと、そのまま自分の胸に押し付ける。
抱き締めるような格好で弓生は優しく囁いた。
「いや、受け取らせて貰う…ありがとう」
「どういたしまして」
聖は嬉しそうに微笑む。
「なら今度はその礼になにか買ってやらんとな…なにが欲しい?」
「んー、せやな」
聖は本気で悩んでいる。―そして5分後、端と顔を上げる。
「なら卓上コンロや!」
「………卓上コンロ?」
「せや!ほら、前のは大晦日に壊れてしもたやろ?あれがないと鍋が出来んから、ごっつぅ困るんや。せやから新しいのが欲しいなーって思ってたんや」
「…そんなものでいいのか?」
「そんなものが欲しいんや」
何処までも聖らしい答えに、弓生は思わず笑みを漏らす。
「…なに笑っとるんや?」
「いや…お前らしくて、大好きだ」
そして額に優しく口付けを落とす。
なんだかバカにされているような節はあるが、今年最初の口付けと愛の言葉にそんなことどうでも良くなってしまう。
「じゃあ早速明日両方とも買いに行くか」
「うん!一緒に行こーな」
満面の笑みで頷く聖。
初詣の夢こそは叶わなかったが、新年早々聖は幸せ一杯だった。
〜終〜
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