言の葉に乗せて






 爽やかな秋風の吹く夕刻。
 豆腐屋のラッパの音が家路を急ぐ者の足を早める。
 高遠も鬼同丸の待つ家へと足を向けていた―が。
 橋のたもとまで来たとき、見覚えのある姿を見付け、思わず足を止めた。

「………」

 高遠の視線の先には、土手に座り足をブラブラとさせている鬼同丸の姿があった。
 すると鬼同丸も高遠に気が付いたのか、立ち上がると、高遠に向け大きく手を振った。

「おーい!高遠ー!!こっちやー!!」

 でも高遠の反応が無いので聞こえなかったのかと思い、先ほどよりも更に大きな声で、大きく手を振りながらジャンプをした。
 すると、それに比例するように、結った髪も大きく上下に揺れる。

「おーいってば!高遠ぉー!!おーいおーい!!」

 道行く人が振り返るくらいの大声だが、鬼同丸は全く気にしない―というより、高遠の方が恥ずかしい。
 なので、歩むスピードを早めると鬼同丸の前に立った。

「聞こえている…。頼むから大声で名前を呼ぶな」

「なんや、聞こえとったんか…。なら返事くらいせんかい…」

 高遠の呆れ声もなんのその、話を聞いていない風の鬼同丸はにっこりと微笑んだ。

「ま、ええわ…お帰り〜。高遠」

 にこにこと言われるものだから、思わず溜息を吐く。

「ところでこんな所でなにをしていたんだ?」

「なにて…高遠を待っとったに決まっとるやんか」

「…俺を?」

「せや!迎えに来たんや」

 大きく頷く鬼同丸。

「だが、俺がこの道を通るとは限らんし、何時に帰るかも言っていなかったと思うが?」

「せやけど、会えたやんか」

 指を差し、首を傾げる鬼同丸。だが、高遠は差された指をスッと下ろす。

「今日はたまたま会えたが、いつも会えるとは限らん。第一行き違いになったらどうしたんだ?」

「んー…そん時はそん時や」

 あっけらかんと答える鬼同丸に、高遠はますます溜息を大きく吐く。

「いいから明日からは大人しく家で待っていろ」

 高遠の呆れ声に、鬼同丸は視線をツイッと逸らした。
 そして俯き、小さな声でボソッと呟いた。

「……せやかて早く会いたかったんや」

「………」

 高遠はその言葉に思わず目を見開いて鬼同丸を見つめた。
 その視線に気付いたのか、鬼同丸が再び顔を上げ、高遠に微笑み掛けた。

「なんや高遠に早よ会いたくなってしもたから迎えに来たんや」

「…鬼同丸」

「それにな、ほら」

 鬼同丸が促す方を見ると、土手の下で川面に向かって石を投げている父子連れがいた。

「あの子らが帰ったらオレも帰ろ思うてたんや」

「…そうか」

「さっきからずっと石を投げて遊んどる。飽きひんのかな」

「…そうか」

 高遠も視線をそちらに投げてみる。
 子供が駄々をこねているということは、そろそろ帰る頃なのだろうか―。
 その姿を見つめながら、鬼同丸は小さく呟いた。

「けど、ええなあ。羨ましいわ…」

「鬼同丸?」

 突然の寂しげな呟きに思わず鬼同丸を見る。
 ―が、鬼同丸は視線をその父子連れから離さない上、逆光なものだから表情が見えない。

「知っとると思うけど、オレな、物心付いた時から親が居らんかったんや…」

「ああ、知っている」

「そか。せやからああやって親と遊んだ記憶、いっこも無いんや…」

 鬼同丸は一旦言葉を止め、再び言葉を紡いだ。

「ええなぁ…オレもああやって遊びたかったな」

「鬼同丸…」

 掛けるべき言葉が見つからず、高遠は言葉を探していた。
 何か言葉を掛けようにも全てありふれた言葉になってしまう―。
 するとくるりと振り返った鬼同丸が、戸惑っている高遠の両頬をむにっと抓った。

「…っ、なにを」

「今、オレのこと慰めようとしたやろ」

「………」

「誤解せんで欲しいんやけど、別にオレは慰めて欲しくて言うたんやないからな?」

 鬼同丸は明るく言ってから、満面の笑みで笑った。

「……分かったから手を離せ」

「ああ、せやな。かんにん」

 鬼同丸は抓っていた手を離し、再び笑った。
 そしてひとつひとつ噛み締めるように言葉を紡いでいく。

「高遠…オレな、確かに親の記憶は無いけど別に寂しないで?」

「鬼同丸…」

「別に強がり言ってるわけやないで?ホンマの話や。大江山に居った時は仲間がぎょーさん居ったし、都に下りてからもじーさん居ったし…」

 鬼同丸は視線を逸らすことなく、まっすぐに高遠を見つめる。

「それになにより高遠が居る。オレはそれで充分幸せや」

「…鬼同丸」

 辺りはすっかりと日が落ち、気が付くと土手で遊んでいた父子連れももう居ない。

「もう時間やな…そろそろ帰ろか」

「…そうだな」

 二人は並んで歩き出した。

「ところで今日の晩メシはなんだ?」

「今日はな、少し冷え込むから湯豆腐と、イカと大根煮たヤツと、魚があるからそれ焼くやろ?それと味噌汁と…あっ!そうそう今日は隣のおばちゃんに浅蜊の佃煮貰たんや」

「隣のって……人と余り関わるな、といつも釘を差していたはずだが?」

「別にええやん。それに隣のおばちゃんええヤツやで?」

「そう言う問題ではない!全くお前は……第一そんな簡単にホイホイ貰うな」

「なんで〜?ちゃんと御礼に煮物あげたで?れっきとした物々交換やないか」

 再びあっけらかんと言われ、これ見よがしに溜息を吐く。
 …とはいうものの、永い年月、共に一緒に過ごしてきた高遠にとっては予想していたことだが。

「その佃煮がな、ちょい味濃いんやけど、それがまた日本酒に合うんや。あれで一杯やったら酒も旨いと思うで?」

「…それでお前は早速一杯やったというわけか?」

「えっ?な、なんで?」

 高遠の言葉に、慌てながらその場に立ち止まる鬼同丸。
 仕方ないので高遠も歩みを止める。

「付いてる」

 一言そう言うと、鬼同丸の口元に手を当て指先で何かをつまみ上げた。

「あっ……」

 しまった、というような顔をしてから、ゴシゴシと慌てて口元と拭い、照れ笑いをする鬼同丸。

「バレてもうた…。せやけどお猪口に一杯か二杯だけやで?本格的の晩酌は高遠と一緒にと思うたし」

 慌てて言い訳をするが、ばれてないと思っていただけに指摘され、慌てふためく鬼同丸が可愛い…と思いながら高遠はフッと微笑んだ。

「詰めが甘いな」

 そう言いながら高遠はそのまま口に入れた。

「…確かに酒が呑みたくなる味だな」

「せやろ?」

「じゃあ早く帰って一杯やるか…一緒に」

 そう言いながらさっさと踵を返す高遠。
 だが、振り向きざまに高遠が言った、一緒に…という言葉が嬉しくて、鬼同丸はしばらく高遠の後ろ姿を見つめていた。すると付いてこない鬼同丸を不思議に思ったのか、高遠が振り返った。

「どうした?」

「ううん、なんもない」

 そう言って満面の笑みで微笑んでから、鬼同丸は高遠の隣りへと走り寄った。
 そんな鬼同丸の後ろ髪を秋の風が優しく通り過ぎた。






なあ、高遠。
今までもこれからも――。
高遠が傍に居るから。
せやからオレは――。
世界一の幸せ者なんや。






〜終〜



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秋なんで、ちょっとホロリと切なくさせてみました。
おかしいな…最初はそういうつもり無かったのに。
でも最後の鬼同丸の言葉は本当だと思います。
つか、鬼同丸を捨てた親が信じられん!!(ノ`□´)ノ ┫
その辺りもネタであるので書きたいけど…
暗くなりそうなので、ひとりで脳内妄想で処理します(笑)


2006/11/03