いつものように便乗して食事をご馳走になり、食後の珈琲を飲みながら聖と他愛もないツッコミ合いをしていた三吾だったが、ふと部屋に飾ってある時計をちらっと見る。
「もうこんな時間か…んじゃそろそろ帰るとするか…」
「なんや、もう帰るんか?まあ気を付けて帰りや?」
「ああ、じゃまたな」
聖に手を挙げ、弓生に視線を移すと、弓生は一瞬だけ目を合わせ、ああ…と小さく呟く。すると何か思い出したのか聖が玄関まで追い掛け、帰ろうとした三吾を呼び止めた。
「ちょい待ち!三吾?お前明後日暇か?暇やったらウチ来んか?」
「明後日?…特に用はねぇけど」
いつもなら誘われなくても夕飯近くになると、『なんかメシねぇか?』といきなり乗り込む三吾にとって、このようにお呼ばれされるのは数少ないことである。だからなんか不思議な感じがして―
「なら良かったわ…ほな、明後日は絶対来るんやで?」
「あぁ、分かった…じゃあな」
「おぅ!気を付けてな」
再び右手をサッと挙げ、三吾は二人の鬼の家を出た。
そして翌々日―つまり聖に『絶対来い!』と誘われた日。
三吾は早いところ店を閉めて聖たちの待つマンションに行こうとした―が、その日に限って何故か大盛況で人が全く途切れることがない。もちろん、暇なときや金欠な時は願ってもないことなのが、早く帰ろうと思った時に限って―人生とは皮肉なものである―
「ちくしょー!なんで今日に限って…」
三吾はビルの隙間から見える夕陽に向かって心の中で叫んだ。
一方、此方は弓生と聖のマンション。
二人は何をしているのかと言えば、なかなか来ない三吾をただ待っていた。
弓生はいつものように静かに読書を、聖はクッションを膝の間に抱え抱き締めている。すると、聖の腹がぐーっと鳴る。
「あ〜…腹減った」
力無く呟く聖を見て、弓生が小さく笑った。
「腹が減ったなら先に食べたらどうだ?」
含み笑いもあるようなその言葉に、聖は隣にいる弓生を振り返った。
「それはあかん!せっかくのあいつの誕生日や…せやからオレは三吾が来るまで待つ」
「腹が死にそうに減っていてもか?」
「そうや!死んでもや!」
相変わらず頑固な聖。だが、半分やけくそとも取れる言葉に弓生は口の端だけ上げて微笑むと、それ以上なにも言わなかった。すると聖が慌てて付け加える。
「あっ!いくらなんでも死ぬまでは待たんで?こんなことで死んだらオレ、アホみたいや」
「別に俺は何も言ってないが?」
「ええんや、ちゃんと聞いてな?オレはユミちゃんを置いて死んだりせえへんから…ずっと傍におるからな」
「聖…」
「それにもちろんユミちゃんの誕生日にも、ご馳走ぎょ〜さん作ったるから楽しみにしといてや」
「…分かった。楽しみにしておこう」
その言葉に満面の笑みで満足げに頷く聖。
「あ〜…けど自分の誕生日に自分でメシ作ってケーキ焼くんも寂しいなぁ…」
抱えた膝の上で頬杖を突く聖。そんな聖の肩を抱き寄せ弓生は耳元で囁いた。
「…だったらお前の誕生日には外でメシでも食うか?」
「ほんまか?うん、そうしよ!嬉しいな〜、オレめっちゃ楽しみや〜♪」
弓生の肩に頭を寄せながら嬉しそうに微笑む聖。
見つめ合う二人―
そしてどちらからともなく唇を重ね合わせようとした瞬間、再び聖の腹の虫が鳴った。その音に弓生が珍しく肩を震わせて笑い、聖が口を尖らせる。
「あ〜!けどほんま遅いなぁ〜!どこで道草喰っとんねん!あいつ!」
ムードをぶち壊された聖の八つ当たりが届いたのか、三吾はくしゃみをした。
一方、再び三吾である。
行列を作っていた人が切れた一瞬を狙って慌てて片付けると、さっさと車に乗り込み発進させた。
だが少しも前へ進まない。どうやら事故で大渋滞しているらしかった。三吾はカリカリと頭を掻く。
「参ったなぁ〜…あいつ怒ってんだろーな…」
もちろん三吾の脳裏に現れたのは聖。腕組みをし頬を膨らませて怒りながら立っている姿が容易に想像が付く。
三吾はフッと苦笑いをすると、沈黙した車内の雰囲気を変えようと不意にラジオのスイッチを入れた。色々なチャンネルを合わせている内、ふと聞こえてくる声に三吾は手を止めた。聞こえてくるのはニュース。本日の日にちと現在の時刻を知らせたアナウンサーの声に、ハンドルを持つ手の指がピクリと動く。
「今日って…そうだ、俺の誕生日だ」
―(だからなのか?あの強引なまでの聖の誘い。もしかしたら祝ってくれようとしたのか…)
三吾は渋滞している道を脇へと反れ、裏道へ車を走らせた。
裏道策が上手くいったのか、あれから割と早く二人のマンションに到着した三吾。
適当に車を止め入口に向かって走っていくと、エントランスに人影があった―聖だった
―(もしかして自分が来るのを待っていてくれたのか)
「聖…遅くなってわりぃ」
片手を挙げ謝罪のポーズを取ると、案の定、目の前の鬼は腕組みをし、口を尖らせた。
「…ほんまや!事故にあったんやないかて心配したんやで?遅うなるなら電話くらいせんかい!」
自分の脳裏によぎった聖の姿と全く同じな目の前の聖。
そんな聖の姿がなんだか可笑しくて…三吾は思わず吹き出す。
「…なんや?」
此方は怒っていると言うのに笑われたものだから、聖はジロリと三吾を睨んだ。
「いや、別に…それより待っていてくれたのか?」
三吾の問いに小さく頷く聖。
「そうやで?…まぁでも無事で良かったわ」
組んでいた腕を解き、フワリと笑う聖。
「ほないこか」
暖房の効いた部屋に入ると、机の上には並びきらない程の料理が所狭しと並んでいた。
「すげぇ…大ご馳走だな」
「せやろ?それになケーキも焼いたんやで?」
「マジ?」
「おう!せやからどんどん食いや?どれも全部聖様特製料理やからな」
皿を手にしながら満足げに微笑む聖。その横では弓生が静かに黙々と料理を口に運んでいる。
「それにしても腹減ったわ〜…」
そう言いながら取り皿に次々と料理を乗せていく聖。
「…だったら先に食えばよかったのに」
「ん〜…ユミちゃんもそう言うてくれたけど、やっぱ主役がおらんとな」
ほい、と言いながら、料理がこんもりと乗った皿を三吾に渡す。
「主役って…じゃあやっぱり」
「そや!お前、今日誕生日やろ?誕生日のヤツはその日は主役や!いくらでも我が儘かて言うたらええ…一年に一回なんやから」
所謂これは聖論―そして聖は満足げに頷きながら満面の笑みで三吾を見つめる。
「誕生日おめでとーな、三吾!ほらっ、ユミちゃんも」
聖の隣にいる弓生も肘で促され微笑む。
「おめでとう、三吾」
そんな二人につられるように笑う三吾。
「こんなことしなくてもいいのに…でもサンキュ、祝ってくれて―」
三吾は一旦言葉を止め、料理の乗った皿を膝の上に置く。そしてフウッと小さく息を吐くと言葉を続けた。
「―俺さ、家出てからこんな風に祝って貰ったのって初めてだったから…ちょっと感動したかも」
「ほんまか?せやったらコッチにいる間は毎年オレらが祝ったるさかいな!楽しみにしとき?」
聖がフワリと笑う。その言葉を噛み締めるように三吾は頷いた。
「ああ…ありがとう」
家を出てから今まで誕生日なんて、過ぎていく普通の日と何ら変わらなかった。
祝って貰えることがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。この鬼達に出逢うまでは―。
「誕生日も…悪くねぇな」
バースディケーキの上の蝋燭に灯りが灯されるように、三吾の心にも灯りが灯ったのであった。
〜終〜
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