独占欲






「参ったなぁ…」

 大学を出て二人の鬼の住処に真っ直ぐ向かっていた佐穂子は、途中で小さく溜息を吐いた。

『今日だからね、佐穂子!』 『男の人を連れてくる約束、忘れないでね!』

 友人から念を押されたのを思い出し、佐穂子は再び溜息を吐いた。


―そう、此処の所、天狗やら何やらで忙しく、久し振りに大学に顔を見せた佐穂子だったのだが、たまたまこの日は友達と約束をしていた日だった。その約束とは合コンだった。しかも、大学生の男の人を一人連れてくる約束までさせられていて、断るつもりが思わずOKしてしまっていた。
 でもまあ当日になったらドタキャンし、翌日にでも『ゴメ〜ン…昨日は急に具合悪くなっちゃって…』と謝るつもりが合コン自体すっかり忘れていて、運悪くその日に大学に顔を見せてしまったのだ。
 こうなってしまったら『具合が悪い』は通用しない…。


「…ってゆうか大学生の男の人に知り合いなんて居―」

―居た。居てしまった。しかも寄りにも寄って自分が惚れている男…戸倉聖。
 恐らく本人は大学に籍を置いていることすら忘れていると思うが…一応大学生である。

「でも絶対イヤがるわよね…そうよそう!そしたらみんなに謝って許して貰おう」

 恐らくその子達からも二度と誘われないと思うが…

「いいもん…それならそれで」

 小さく口を尖らせながら佐穂子は聖たちの部屋のチャイムを鳴らした。






「えぇよ、別に」

「えっ!?」

「せやから、えぇって…合コンって昔でいうねるとんパーティってヤツやろ?」

 夕食の準備中だったのだろう―エプロン姿の聖がお玉を振りながら問う。

「え?なにそれ…」

 こうゆう所でジェネレーションギャップを感じる時がある。

「なんや知らんのか。今では…合同コンパって言うんやったっけ?」

「今時略さないで言う人って居ないと思うけど…ホントにいいの?」

「えぇよ。せやかて佐穂子、困っとるんやろ?」

「えっ!?」

 何気ない聖の一言に、思わず佐穂子は言葉に詰まる。

―(どうして言わなくてもこの鬼には伝わってしまうのだろう…いつもは頭にくるほど鈍感なのに…)

 佐穂子は聖の煎れてくれた珈琲を手の中で弄びながら小さく頷いた。

「私ね、誘われてもいつも断ってばかり居たのよ…元々合コンとかってあんまり好きじゃないし…そしたらね、付き合い悪いって目で見られがちだったのね。でも今の友達は私が断ってもいつもイヤな顔しないで『じゃあ今度ね』って言ってくれるの」

「ふ〜ん…えぇこ達やないか…うん!OKや♪」

 味付けが上手くいったのだろう―満足げに頷きながら自分も珈琲のカップを持ちながら佐穂子の隣に腰掛ける。

「うん…だからね、一度くらいは行ってみようかなって」

「せやせや、せっかく東京に居るんやから、楽しむべきや」

「だからね、嬉しかった…ありがと…聖」

 佐穂子の笑顔に、そかそか―と頷く聖。

「けどオレ、ユミちゃんにメシ作ってからやから遅れるけど…そんでもえぇか?」

「うん!じゃあ直接にお店に来てくれる?これ、お店の名前と場所…新宿だけど分かる?」

「新宿なら三吾ん所行くついでにブラブラ見よるから分かると思うわ」

「大丈夫〜?聖っていっつも迷うじゃない」

「アホ!それはいっつもお前が英語やらフランス語やらワケの分からん横文字の店を待ち合わせにするからやないか」

 顔を見合わせ、プッと吹き出す二人。

「でもありがと…聖」

 佐穂子が笑顔で礼を言うと、聖はフワリと笑って優しく佐穂子の頭を撫でた。


―(ねぇ、聖。もしかして私のためって思っていいの?ちょっとだけ…期待してもいいの?)


 佐穂子がそんな言葉を胸の中で噛み締めたとき、聖がニッコリと満面の笑みで微笑んだ。

「それにな…オレ、一度でいいから居酒屋って行ってみたかったんや♪」

「……は?」

「だってユミちゃんと行く時はいつもお洒落なんやけど、静かで薄暗くて眠くなるような場所ばっかやったから」

「…まあ確かに弓生に居酒屋は似合わないわね」

「せやろ?けどオレ、居酒屋も回転寿司もラーメンもカラオケも遊園地も全部好きなんや」


―(今は寿司もラーメンも遊園地も関係ないんじゃない!?…まあ確かにどれをとっても弓生には似合わないけど)


「せやから、一度居酒屋に行ってみたかったんや♪あ〜、楽しみやなぁ〜♪」

 鼻歌まで混じっている上機嫌の鬼を見て、佐穂子はフウッと息を吐いた。


―(私のため…なんてこと、このお気楽ご気楽鈍感脳天鬼に限ってあるわけないわよね)


 ずいぶんな言われ様ではあるが、当の本人は気付いちゃいない。
 けれども、理由はどうであれ聖と一緒に参加できる合コンが少しだけ…否、かなり楽しみな佐穂子であった。




「合コン?」

「せや」

 聖が夕食の準備―皿に盛った料理を机に並べていると、怪訝そうに弓生が眉を顰めた。

「俺には話が全く見えないのだが…それでどうしてお前がそんなものに行かなきゃいけないんだ?」

 こっちは着替えを済ませ、既に食卓に付いている。その弓生の前に料理を次々に並べて行く聖。

「せやから佐穂子が困っとったんや…えぇやないか」

「単にお前が居酒屋に行きたかっただけではないのか?」

「ちゃうて!居酒屋は別や。せやけど、ああでも言わんと佐穂子のことやから気にすると思うたんや…それにな、アイツそない言わんかったけど、オレらみたいな友達もえぇけど、普通の友達も大事にしたいって思っとるんや。協力してあげたいっちゅうんが友達やろ?」

―まぁ、初の居酒屋体験ツアーが全く楽しみではないと言ったら嘘にはなるが。

「それで合コンか…そんなもので崩れる関係の友情は必要ないと思うが?」

「確かにそうなんやけど…ユミちゃん言い方キツいで?えぇやんか、佐穂子がオレらに頼むって滅多にないんやし…」

「俺等…ではなくお前だ。訂正しろ」

 鋭いツッコミをされて、うっ…と言葉に詰まる聖。言葉で弓生に勝った試しは千年生きてきて一度もない。
 だから残りの品々も全て机の上に並べ、さっさと退散することにした。

「ほな、オレ用意して行くな?食い終わった皿は流しに運んどいてくれたら、オレ帰ってきてから洗うからな…そのまま置いといたらアカンで?」

 そう言い残すと、聖は自分の部屋に消えた。




「考えてみたら合コンってなに着てけばええんやろ…?まぁ、Tシャツでえぇか…楽やし」

 今着てるんじゃいくらなんでもマズイよな〜…と呟きながら新しいTシャツを箪笥から出そうとした時、いきなり部屋のドアが開いた。―と思ったら弓生が入ってきた。自分の部屋を空けるときは必ずノックをしろとしつこいくらいに言うクセに、自分はなんなんや…とブーたれようとしたが、弓生の表情を見ていたら、その言葉も無くなった。

 なんだかいつもに増して…怖い。

「どっ、どないしたん…ユミちゃん?醤油でも切れとったか?」

 絶対に違うと思いつつ、質問を投げ掛けてみる。すると弓生は無言で聖の傍らに立った。

「ユミ…ちゃん?」

 呟くように名を呼んだ途端、ポツリと弓生の口から言葉が開いた。

「行くな」

「へっ?」

「行くな、聖」

 表情を一向に変えずに言葉を続ける弓生に、聖は困惑した表情を見せた。

「けど…約束したし…佐穂子が待っとるし…」

 箪笥から出したTシャツをギュッと掴む聖。そして俯いていた顔を上げる。

「せやから、かんにんな…ユミちゃっ…」

 だが、聖が言い終える前に、弓生は背後にあるベットへと聖を押し倒した。

「なっ…なに?ユミちゃんっ…どないしたん?」

 驚きの表情が隠せない聖―だが、弓生はそんな表情を無視するかのように今度は強引に唇を奪った。

「ふっ…んんっ…」

 突然の事に不意を突かれた聖―しかも本気の弓生の力は聖でも敵わない。必死で振り解こうとするが、その手はいとも簡単に封じられる。それでもしばらくは反撃していたが、その内に諦めたのか聖から力が抜ける。それで弓生はようやく唇を解放する。次に捉えていた腕も、掛けていた体重も―
 そしてようやく唇も呼吸も動きも自由になった聖は大きく深呼吸をしながら弓生を見つめた。
 何もキスをするのは初めてのことではない―それ以上のことだって何度も何度も何度も―
 だが、聖の気持ちを無視して強引に―と言うことは久し振りの事だったかもしれない。自分でも分からない行動をしてしまった弓生は、何を言われるのか恐れるように思わず聖から視線を反らした。

「…ユミちゃん?」

「………」

「…ユミちゃん」

 何も答えない弓生の顔色を伺うかのように小さく呟く聖―そしてフワリと笑った。

「さっき、顔…怖かったで?」

 非難の言葉を想像していた弓生は、正反対の言葉に弾かれるように聖を見つめた。

「あ…でも怖いのはいつもやから、ちゃうな…凄味があるっちゅうか迫力があるっちゅうか…」

 ひとりで自分ツッコミしながら、よいしょ…と起き上がる聖。それを横目で見ながら弓生はベットから立ち上がり、床に落ちたままのTシャツを放った。放られたTシャツは綺麗な螺旋を描くように聖の元にパサリと到着する。

「引き留めて済まなかったな…早く行ってやれ」

 部屋から静かに消えていく弓生の後ろ姿を見ながら、聖は小さく頷いた。

「…うん」




「あっ、聖!此処よ此処」

 ガヤガヤと賑わっている店の奥から佐穂子が手を振る。そんな佐穂子の姿を視線に捉え、聖はおぉ…と手を上げる。

「遅うなってかんにんな」

 席に着くと既に始まっていたのであろう、机の上には様々な料理が並んでいた。

「ううん、平気…それより弓生は平気だった?」

 何気ない佐穂子の一言に先ほどの弓生を思い出したのであろう。聖は思いっ切り狼狽えた。

「ユッ…ユミちゃん?なんで?」

「別に?聖こそどうしたのよ?」

 すると、佐穂子の隣にいた女性が、佐穂子の服の袖を引っ張った。

「ねぇねぇ、彼が佐穂子の言ってた?」

「ああ、うん…そう。ほら、聖…自己紹介して」

「自己紹介?」

「そうよ。そうね…名前と…大学名と学年で良いから」

 佐穂子に小声で言われ、カリカリと頭を掻いた聖は面倒臭いなぁと思いつつ、口を開いた。

「えっと…名前は戸倉聖や。S大の2年…あれ?3年やったかな?いや、やっぱ2年のはずや…よろしゅうな」

 聖が笑顔で言うと、メンバーのひとりである男性がプッと吹き出す。

「なに?お前自分の学年も分かんねぇの?」

「しゃあないやん…忘れてもうたんやから」

「大学に余り行ってないとか?」

「あぁ、滅多に行かん…なんせやることいっぱいあるからな」

「へぇ…バイトとか?」

「いや、バイトやのうて仕事はちゃんとしとる。あとはメシ作ったり掃除したり洗濯したり…所謂家事ってヤツや」

「じゃあなに専攻してるとかも忘れてたりして?」

「それは覚えとるわ…史学や」

「へぇ〜、じゃあ歴史に強いとか?」

「あぁ、めっちゃ強いでぇ♪なんせ実際この目で見とるからな」

「………」

 場に「?」マークが乱舞したのは間違いない。飛んでいないのは佐穂子だけだった。

「この目…で?」

 ひとりがポツリと呟くと、聖は自慢するようにポンッと胸を叩いた。

「おぅ!なんせオレは1000年前から生きとる鬼やから……あだっ!なんすんねん!佐穂子!」

 思い切り足を踏まれ、隣にいる佐穂子を睨む。だが佐穂子は睨みに臆することなく、グイッと聖の襟首を掴み机の下に引き寄せると、小声で静かに低く囁いた。

「アンタねぇ…何処の世界に1000年生きている鬼ですって自己紹介するヤツがいるのよ」

「せやかて、だぁれも信じてへんやん?」

「それでも自分が1000年生きてるとか鬼とか軽々しく言ってると…」

 一旦言葉を途切らせてから、佐穂子は最も効果的な言葉だと思われる言葉を吐いた。

「弓生が困るわよ」

「ユミちゃんが?」

「うん、そうよ」

 やはり効果的だったのだろう。聖はん〜と考え、うん―と頷いた。

「よっしゃ!ユミちゃんが困るんやったら気ぃ付けるわ」

 そして二人は顔を上げた。

「もうやだわ〜、聖ったら冗談が上手いんだから」

「そか?おもろかったか?」

 アハハと笑う聖と佐穂子。その言葉で周りのメンバーもつられて笑う。

「あっ、冗談ね」

「そうだよな!なんか妙にリアルで…」

 アハハ…となんとなくみんなで笑ってみる。

「そう言えばさっき言ってた仕事ってどんなの?」

 場の空気を変えるようにひとりが聞くと、あぁ…と呟き口を開きかけた。

「仕事っちゅうか使役…」

 その時、隣から痛い視線を感じた聖は言葉を途中で止め、フワリと笑顔で言った。

「オレのことはもうえぇやん?それよか呑も?」




 宴もたけなわ、合コンもだいぶ盛り上がって来ていた。
 実のところ、ワザと遅れてきて女性の気を引くのが手だと思われていたため、聖は最初は男性からは良く思われていなかった。現に聖が来てからは全く掴めない聖の言動が中心になっていた。
 だが、話していく内に聖の内面に触れ、いつしか男性とも仲の良い友達の様にまで発展していた。そんな聖が凄いな…と思いつつ、羨ましくも感じた佐穂子だった。
 そんな中、聖がひとつの小鉢を取り上げ、あっ…と小さく声を漏らした。

「どうしたの?」

「いや、これな…ユミちゃんが好きな味や…」

 小さく呟いてから再び小鉢の中身を口に運ぶ。そして静かに机の上に返す。それからフウッと小さく息を漏らした。
 そんな聖の様子を横目で見ていた佐穂子は意を決したように箸をテーブルに返し、聖の方を身体ごと向けた。

「ねぇ…聖?」

「ん…なんや?」

「弓生と…なにかあったの?」

「えっ!?ユミちゃんと!?なっ、なにかって…なに?」

 今日の聖は、弓生の名を出すと思いっ切り狼狽えている。本人の意思とは無関係に―。
 しかもその事に当の本人は全く気が付いていない―自分のことなのに―
 佐穂子はそんな鈍感な鬼にフウッと呆れるように息を吐いた。

「例えば…喧嘩でもした?」

「ん〜?それはしてへんけど?…なんで?」

「だって今日の聖…なんだか元気ないから」

「そないなことあるか…まぁ、ユミちゃんとはちょっと言い合い…みたいなんをしてしもうただけや…」

「それって…もしかして私のせい?」

「ちゃうて!佐穂子のせいなワケあるか!ユミちゃんがちぃとばっか頑固で融通が利かんだけや…せやからお前はなんも気にせんとき?なっ?」

「…うん」

 フワリとした笑顔でキッパリと言われ、それ以上は何も言えなくなる佐穂子。

「…それよりお前が今呑んどるんは何?」

「これ?これはグレープフルーツサワーだけど?」

「へぇ〜…旨そうやな。オレも次、それにしよっかな♪」

 上機嫌でメニューを見ていた聖だったが、その内パタン…とメニューを閉じる。それから、なぁ…と口を開いた。

「みんなにひとつ聞きたいんやけど」

 先程までからは考えられない真面目な表情に、一同も視線を聖へと移す。

「聞きたいことってなんだよ、聖?」

 既に男性からも親しみを込めて名前で呼ばれていた聖は、うん―と頷き続けた。

「オレの友達の友達の話やねんけど、そいつがな、合コンに行こうとしたら一緒に暮らしてるヤツに『行くな』ゆうて押し倒されたのってどういう意味やと思う?」

「えっ!?弓生に押し倒されたの!?」

「うん…いや、ちゃうて!友達の友達やってゆうたやろ?」

 頷いてから必死で弁明するように手を横に振る聖。

―(ホンット聖って嘘がヘタよね…此処まで嘘を吐くのがヘタなヤツは見たことがないわよ)

 佐穂子はフウッと息を吐いた。すると聖の正面に居た男がジョッキをドンッと置いて聖を見据えた。

「それってどう考えてもヤキモチだろ?」

「ヤキ…モチ?」

「そうそう!ヤキモチ以外には考えられないわよね〜」

 隣にいる女性もうんうん―と頷く。

「けど、あのユミちゃんに限って…」

 聖は心の中で滅多に表情を変えない、滅多に感情を表さない鬼の片割れの事を思い出してみる。
 思い出せば出すほど、どう考えても弓生とヤキモチとは無縁に思える。
 だが、感情を表に出すのが苦手なのは、誰よりも何よりも自分が一番理解していたはずなのに―恐らく当の本人である弓生以上に聖が一番―それなのに―。

 その次の瞬間、聖はガタンと音を立て立ち上がっていた。すると、一斉に聖に視線が集中する。集中されてしまった聖はえ〜っと…と言葉を探すように呟いていたが、椅子に掛けてあったGジャンを手に取った。そして笑顔で言った。

「オレ、帰るわ」

 突然の言葉に場にいた面々は、え〜っと言う声を漏らす。

「もう帰るのかよ?まだ来てから1時間も経ってねぇじゃん」

「そうよ!まだいいじゃない、せっかく来たんだから」

「でも今のこと、友達の友達の友達に早よう言うてやらんと…」

「友達の友達…じゃなかったっけ?」

「まぁ、えぇやん。それよか場の雰囲気壊してかんにんな」

 聖は顔の前で両手を合わせると、謝りのポーズを取った。
 それでも未だ帰してくれそうもない皆を佐穂子は宥め、聖の背中をポンッと押した。

「えぇんか?」

「良いも悪いも無いわよ…ほらっ、早く」

 おぉ…と言うように頷くと、何処からか『また今度呑もうな―』と言う声が届く。

「そや!今度オレらのアパートに遊びに来いや。美味いメシ食わせたるさかいな♪場所はコイツから聞いといて」

 サッと佐穂子を差すと、ほなっと言いながら慌ただしく帰っていく聖。
 そんな聖を佐穂子が後から追い掛け、そして何とか店の外で掴まえることに成功した。

「聖っ、ちょっと待って!」

「ん?なんや?」

「その…弓生にゴメンねって謝っておいてくれる?」

「なんで?なんで佐穂子が謝るん?」

「いいから…伝言、お願いね」

「おぅ!分かった、任せとき!ちゃんと伝えるさかい…けどオレも佐穂子に悪かったなぁ」

 カリカリと頭を掻く聖を、佐穂子は不思議そうに見つめた。

「なにが?」

「なにがて…ほら、先に帰ってもうて…佐穂子、後でみんなにイジメられんかな…」

「バカね!そんなワケないじゃない!それにみんなだって聖が来て喜んでたんだもん。私の顔も立ったわ…だから大丈夫よ」

「そか?そんならえぇんやけど…」

「ほんと、相変わらず心配性なんだから」

「心配性ってなんやねん…あっ!」

 ポンッと手を叩く聖。どうやら大事なことを思い出したらしい。

「どうしたの?」

「オレ、金払うのすっかり忘れとった…いくらくらいやろ?」

 ポケットに手を突っ込み財布を出そうとする聖の手を佐穂子は止めた。

「いいわよ、私が出しておくから…急いでいるんでしょ?」

「ほんまか?…じゃあ立て替えといてくれるか?悪いな」

「ううん、いいのよ。それに元は私が頼んだことだし、聖にはいつも色々美味しいモノご馳走になってるから今回は…」

「アカン!それだけはアカンで?オレはそう言う意味でいつもメシ食わしてるワケとちゃうからな?えぇか?ちゃんと今後会った時に返すからな?」

「分かったわよ…そんな無気にならなくても…」

「…それもそやな」

 顔を見合わせ、吹き出す二人。

「ほな、そろそろ帰るわ」

「うん、そうね。そうした方がいいわよね…気を付けてね」

 佐穂子に見送られながら、聖は駅へと走っていった。




「ただいま」

 マンションに帰ってきた聖。だが、中からは何の応答もない。靴を脱ぎ玄関に上がるとリビングも全て真っ暗だった。

「あれ?ユミちゃん…もう寝たんかいな」

 仕方なくリビングの灯りを付けると真っ暗だった部屋にパッと灯りが点る。
 眩しさに目をしぱしぱさせてから、ふとキッチンを見ると、食卓の上には全く手の付けられていない食事が残っていた。
 聖が出掛けていったそのままの姿で―。

「ユミちゃん、メシ…食わへんかったんか…」

 何故だが胸の辺りがチクリと痛んで、何となく寂しい気持ちになる聖。
 聖は無性に弓生の顔が見たくなり、部屋をノックした。だが、中からは何の返事もない。

「ほんまに寝たんかいな…もしかしてふて寝とか?…いや、オレやあるまいし、ユミちゃんに限ってなぁ…」

「何をブツブツ言っているんだ?」

「うわぁ!ビックリさせんなや!!」

「…俺はお前の声に驚いた」

 驚いたと言っている割にはあまり変わらない声音に聖は振り返る。

「なんやユミちゃんか…気配消すなんてずるいで?」

「別に消してはない。お前がボーっとして気付かなかっただけじゃないのか?」

 言われてみれば今は他のことに神経が集中していた。上手い言い訳が思い付かず、聖はう〜っと唸る。

「それにしてもどうした?随分早いようだが?」

「あ〜、うん…ちょっと気になってもうて…」

「何がだ?」

「いや、別に…それよかユミちゃん今、何処に行ってたん?」

「…風呂だが?」

 なんや、そか―と納得したように頷く聖。

「あと、メシ…。なんでメシ食わんかったん?」

 聖の問いに、弓生はあぁ…と小さく呟き頷いた。

「ひとりでは味気ないからな」

 すると聖の顔にパアッと笑顔が浮かぶ。

「せやったら一緒に食お?」

「今からか?」

「えぇやん…今から温め直すから、先に座って待っといて」

 弓生の顔を見て安心したのか、上機嫌になる聖。パタパタと忙しそうに動き回る。

「あっ、そうそう…佐穂子からの伝言や」

「…伝言?」

「そや。なんやユミちゃんに悪かったて、謝っといてくれって」

 ガスコンロの火を着けながら先ほどの伝言を弓生に伝える聖。弓生はその伝言を聞き、そうか―とだけ呟いた。
 そして湯気の立った料理が手際よく弓生の目の前に並んでいく。

「ほい、ユミちゃん。お待たせ」

 こんもりと盛られたご飯茶碗を受け取り、弓生はそれをそのまま食卓へと置いた。
 そして聖も自分のご飯茶碗にご飯を盛り付け、ホクホク顔で弓生の正面へと座る。
 それから、いただきます、と掌を合わせて聖が箸を取るのとほぼ同時に、弓生の口が開いた。

「聖…」

「ん?」

 不意に名前を呼ばれ、手を止めた聖は顔を上げる。

「その…さっきは済まなかった」

「ユミちゃん…」

 聖はフワリと笑って首を横に振る。

「えぇよ、もう。それにオレかてかんにんや…」

「何故お前が謝るんだ?」

「まぁ…色々と…な?」

 満面の笑みで微笑えむ聖を弓生は不思議そうに見ていたが、いつしか弓生も笑顔に変わる。

「…じゃあ食うか」

「うん!食お♪」

 机を挟んで向かい合わせで微笑む二人。いつもよりもかなり遅い夕食は、今、始まったばかりである。




 

〜終〜




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聖が好きなクセになかなか気持ちを表に出せなくて、
嫉妬から押し倒してしまうユミちゃんが書きたかった小説です。
…ってか、前置き長っ!(笑)
でも個人的意見ですが、聖は絶対モテると思うんですよ!
大学とかちゃんと行ってて普通にサークルとか入っていたら、
絶対モテモテだったと思います。
それでもユミちゃん一筋な聖…なんて健気で可愛いんだv
因みにどうでも良いけど、佐穂子のポジションは時々凄く羨ましくなります。
恋愛対象には見られないとしても一番大切にされている女性に
違いはないと思うので…くっ、いいなぁ…(羨)



作:2004/10/29