「ユミちゃんってホンマにカッコえぇよな…なぁなぁ、三吾もそう思わへん?」
―此処は新宿。
三吾が運命鑑定の店を出しているいつもの場所。
毎日定時になると聞こえてくる鐘の音と共に、三吾の目に人影が映った。珍しく客が来たかと顔を上げると、そこに突っ立っていたのは聖であった。
そして三吾の向かいの客用の椅子にドッカリと腰を下ろし、大事な商売机に頬杖を突いて、幸せそうにウットリとした表情を見せている聖の足下には、今さっきまで買い物したであろう食料品がどっさりと入った袋が3つ。ご丁寧に大根の葉の先端が袋から飛び出している。
今日のコイツ等の献立はなんだろう?と三吾が考えていると、いきなり最初の質問を三吾に投げ掛けた。…というワケだ。
三吾は無造作に髪を掻き上げ、はぁっと大きく溜息を吐いた。
「んなの俺に振るなよ…」
無理だとは分かってはいても、少しだけ呟くように抗議してみる。
すると聖は頬杖を突いていた顔を上げ、案の定抗議するように頬を膨らました。
「なんや?三吾はユミちゃんがカッコようないっちゅんか!?」
「誰もそんな事は言っちゃいねぇよ…でもな、普通は男が男の事をカッコイイなんてことは、あんまし言わねぇんだよ!ましてやそんな幸せそうな顔で言うヤツなんてのは…」
三吾は一旦言葉を切り、聖に人差し指を突き付ける。
「断言してもいい!そんなヤツは世界中探してもお前くらいだ」
「ふぅ〜ん…そうなんか?」
聖は珍しく三吾の言葉に納得したように頷いた。だが、「けど…」と続ける。
「なんや、けったいな世の中やな…好きなもんは好き。カッコえぇもんはカッコえぇ。思うたコトはそん時言わんと、いつ言うっちゅうねん!ほんまけったいやわ…」
―けったいなのはどっちだよ!と心の中で悪態を吐く三吾。
だが、こうしていても埒が明かない。聖の性格上白黒ハッキリさせるまで、ずっと此処に居続けるだろう。これは短いながらも2人の鬼と付き合ってきた三吾のカンだ。
三吾は聖が差し入れしてくれた缶コーヒーをゆっくりと一口含み、喉を潤わせるとボソッと呟いた。
「…まぁ、どっちかって言われたら…カッコいいんじゃねぇか」
モデル並みの美貌の上、スラリとした長身で、常に高価なスーツを身に纏っているもう一人の鬼の感想を率直に言うと、その途端、聖の顔がパアッと明るくなる。
まるで自分が褒められたかのように嬉しそうに…
「せやろ?三吾も分かるやんか〜♪お前も成長したな♪」
「別にお前に誉められても嬉しくねぇよ」
「なんや、褒めてるんやから素直に喜んどき♪あ〜、でもこれで安心したわ♪」
満足げに頷きながら、自分も缶コーヒーのプルトップを開け、口に含む。
「へぇへぇ〜、それは良かったですねー」
半分ふてくされ気味に変な調子を付けながら三吾が答えると、聖はあっ、と言いながら三吾を振り返る。
「三吾。今、何時や?」
「今?…えっと5時半。ほらよ」
携帯に表示されている時計を聖に見せると、それをひったくり、まじまじと画面を見つめる聖。
「もうこんな時間か…買いもんにえらい時間掛かったからなぁ〜」
呟きながら、よいしょ…と聖が立ち上がる。
「あっ、そや。これ、おおきに」
携帯を返され、それをそのまま机の上に置く三吾。
「帰んのか?」
三吾が顔を上げると、うん―と言うように聖は頷いた。
「けど…ユミちゃんがそろそろ此処に来るはずなんやけど…」
片方の手を腰に手を当て、もう片方の手を額に当て遠くを見るような体制で、途切れることのない人の流れを見ていると、案の定、遠くから長身の男がやってきた。
「あっ、ユミちゃんや!」
「何処だ?」
「あそこやあそこ!見えへんのか?」
鬼の視力に敵うわけが無く、三吾が目を細めて見ていると、見覚えのある男が近寄って来る。
「お〜い、ユミちゃん!此処や此処っ!!」
口に手を当てて叫んでから聖が手を振ると、その男の視線は聖を捉え一瞬だけ表情を和らげると、再び人の流れを切りながら、聖たちの前にやって来た。
「悪かった…遅れた」
「ええて。三吾と話して時間潰してたし。…それより探してた本は見つかったんか?」
「あぁ…3件ほど回ったけどな…それで少し遅れた」
「そりゃご苦労さんやったな…ん?」
先ほどから感じていた視線に目を合わせると、三吾が静かに震えていた。
「三吾…どしたん?」
「お前らまさか此処を待ち合わせ場所にして、俺で時間を潰してたとか?…ははっ、まさか、そんなことねぇよな」
「おう!その通りや。よう分かったないか」
「お前ら人の店を待ち合わせ場所にするな!俺はハチ公でもアルタでも喫茶店でもねぇ!」
「なんやケチなやっちゃ…ハチ公さんはどんなに目印にされても、そんなケチなこと言わんで?」
―(んなモンが喋るわけねぇだろ!)
という常識的なツッコミは、聖には通用しないことは分かっているので、その代わりにこれ見よがしに大きい溜息を吐く。でも当の本人の聖は気付く余地もない。勘がいいクセに鈍感―。一番やっかいなパターンである。
「それより聖…まだ時間が早いし何処かで珈琲でも飲んで帰るか?」
「あっ、それやったら…ユミちゃんこれ飲むか?」
弓生の目の前に缶コーヒーを差し出す聖。
「こんくらいの時間ってどの店も丁度混んでるやん?」
言われてみれば確かにその通りだ。だが、目的の本を探すのに夢中で喉の渇きが訴えていたことも事実だ。そのため珈琲には五月蠅い弓生だが、此処は素直に受け取った。
「じゃあこれを貰おうか…」
そして一口含むのを見ると、聖が悪戯っ子のように微笑んだ。
「ユミちゃん…それな、さっきオレが飲んだヤツやねん」
「………」
飲んでいる動きのまま止まる弓生。
「これって間接キスってヤツやろ♪」
嬉しそうな顔で弓生を見つめる。弓生は缶コーヒーから口を離すと静かに微笑んだ。
「…このバカ」
えへへ―と満面の笑みで微笑む聖。そんな聖を優しく見つめる弓生。
その時、二人の背後でコホンと咳払いが聞こえた。
「あの〜、お二人さん…さっきから俺が居るってこと、忘れちゃいねぇか?」
「………」
たちまち無言になる弓生とは正反対に、聖はカリカリと頭を掻いてからブーたれた。
「ほんま、ケチなやっちゃなぁ〜」
「なに?」
「あはは、冗談やて!」
あはは―と笑い、ふうっと息を吐くと弓生を見つめた。
「ほな、帰ろっか♪ユミちゃん」
「あぁ…」
静かに頷き、聖の足元の袋をひとつ手に取った。すると三吾も第一印象で気になっていた、袋から飛び出している大根が弓生も気になったのだろう。弓生は静かに問い掛けた。
「聖…今日の夕飯はなんだ?」
「ん?今日はな、ユミちゃんの好きなおかずやで…えっとな、まず…」
ガサゴソと買い物袋を開きながら、三吾の目の前で繰り広げられる夫婦な会話。
「だあぁ〜!もう、お前らっ!そんなんは家でやれ!商売の邪魔だ!」
「…なんや、さっきから短気なやっちゃ」
ブーたれる聖の肩に手を乗せ、振り返る弓生。
「邪魔してすまなかった、三吾。じゃあ行くか、聖」
「うん、ユミちゃん」
聖が頷くのを確認してから、残りの買い物袋も全部持とうとする弓生。
「あっ、ユミちゃん…俺も持つって」
「お前は買い物をしてから此処まで持って来てくれたんだから、帰りぐらいは俺が持つ」
「でもそんくらいやったら別に重ないし…」
「大丈夫…車は直ぐ其処だ」
そか?と言うように素直に弓生に従う聖。そしてくるりと振り返り、ほなっ!と言いながら手を上げる。
「またな…三吾」
「あぁ…とっとと帰れ」
追い出すように手を振る三吾。
そして雑踏の中消えようとしていた二人だが、何かを思い付いたように聖がふと振り返り、口に手を当てて叫んだ。
「三吾ぉ〜!今日は何時頃来るんや?」
「………」
「因みに今日の献立は聖さん特製の和風ハンバーグやから、冷めん内に早く来るんやでぇ〜」
「………」
「大根おろしたんをぎょーさん乗っけて食うと最高なんやでぇ〜」
「………」
ニンマリしながら自分を見る聖に三吾は片手をスッと上げる。
「………7時には行く」
なんだかんだ言いつつ、結局は餌付けされてる三吾であった。
〜終〜
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