夏の終わり秋の気配







 もうすぐ秋とは言え、まだけだるい暑さが続いている東京。
 そんな暑さの続く夜、聖たちはと言えば、阿佐ヶ谷のマンションの近くにある公園で、皆で花火をしている。
 今日の花火大会は、今さっき決まった。勿論声を掛けたのは聖である。


 そして時間は2時間前へと遡る……


『…っちゅうわけで7時にオレらのマンションに集合や。遅れんなや?三吾』

「なにが『…ちゅうわけ』だよ!」

『なんや?聞いとらんかったんか?…しゃあないやっちゃ。せやから今夜、花火大会やから7時に…』

「それは聞いてたよ。だからなんで花火なんだ?」

『それがなぁ、さっき晩飯の買い物に行ったら花火がめっちゃ安かったんや♪』

―(それだけかよ)

『財布を握っている主婦としては安いモンをほっとくワケにはいかんのや♪』

―(誰が主婦だよ!だがまぁ違和感はねぇけどな)

 心の中で様々なツッコミを入れていると、受話器の向こう側から溜息が聞こえてくる。

『煮え切らんやっちゃな…。せやったら西瓜も冷やしとくさかい、それならえぇやろ?』

「花火とスイカと何処に共通点があるんだ?」

―というより、食物がないから渋っていると思われているのが非常に心外な三吾である。

『なんやお前。花火には西瓜ゆうんが日本古来からの仕来りやろ?』

―そんな仕来りは聖の中だけである。

 だが、悔しいことにこの鬼たちと過ごす時間は楽しいのであったし、大切でもあった。
 三吾はフウッと小さく息を吐くと、手近にあった空き缶を引き寄せ、その中に吸い殻を押し込んだ。

「分かったよ。7時だな」

『おぅ!遅れんなや?楽しみにしとき♪』

 軽快な声と共に電話が切れると、三吾は鼻歌を歌いながら再び煙草を取り出し、火を付けようとした途端―鼻歌を止めた。
 実は楽しみにしている自分が存在していたことが、自分として悔しかったのだ。
 時刻は午後5時―。

「あと2時間か…」

 三吾はポリポリと頭を掻くと、煙草に火を付け静かに煙を吐いた。




 一方、三吾との電話を切り、聖は再び受話器を手に取った。

「あとは佐穂子と成樹でえっか」

 そして先ほどの三吾と同じように、いきなりの花火大会を持ち出した。2人とも突然のことに驚いていたが、結局は二つ返事でOKした。

「さてと…これでよしと。…あっ、そや!西瓜冷やしとかんと三吾に怒られてまう…」

 今の言葉を聞いた方が三吾は怒ると思うのだが、そんなこと気にやしない聖は、スーパーの袋から大きな西瓜を取り出すと、いそいそと冷蔵庫のど真ん中に押し込む。

「ホンマは井戸で冷やすんがいっちゃん旨いけど、今の時代は井戸は無いからなぁ…」

 そう呟いている内、一番大切なことに気付き、ポンッと手を叩いた。

「あっ、せや!一番大切な人に言うの忘れとった!」

 そして弓生の部屋のドアを軽快にノックした。

「ユミちゃん、ちょっとえぇか?」

「…なんだ?」

 机に本を伏せ置き、身体ごと振り返る弓生。

「今日な、みんなで花火大会やからユミちゃんも用意しといてや?」

「…そんな話は聞いてはいないが?」

「だから今、言うとるんやないか…7時からやから宜しゅうな♪あと、メシはその後やから、ちょい遅うなるけどえぇか?」

「別に構わないが…」

「ほな、あとでな♪」

 言うだけ言って笑顔でドアを閉める聖。

「全くアイツは…人の都合を…」

―聞くワケない…それが戸倉聖なのだから。

 千年以上も共に暮らしてきたが、少しも変わらない―というより進歩がない。
 だが、余程楽しみなのであろう、閉じられた扉の向こう側からも聖の歌が聞こえてくる。
 弓生は微笑すると、再び机に伏せていた本を読み返し始めた。




 時刻は午後7時―聖念願の花火大会が始まった。
 因みに佐穂子は浴衣姿である。髪も綺麗に結ってあり、聖との電話を切った後に急いで準備したことも、自分に逢うときは、無意識の内にお洒落をしてしまう可愛いところがあるのも聖は気付いてくれない。佐穂子曰く、超ウルトラスーパーが付くほどの鈍感男なのである。

「…ま、知ってたけどね」

 佐穂子が小さく溜息をもらすと隣にいた成樹が振り返った。

「佐穂子さん、その浴衣似合ってるね」

「そう?ありがと、成樹くん」

「それなのに聖は気付いてくれないの…ってか?」

 三吾が茶化すように言うと、佐穂子から鋭い睨みが入る。

「うるさいわね!ぶっ飛ばすわよ!」

 佐穂子ならやりかねない。三吾が悪い悪いというように右手を挙げた頃、水を入れたバケツを手にした聖が近寄ってきた。

「よし!これで準備万端やな♪―あっと、そや。三吾、西瓜は後でえぇか?」

 だから俺はスイカ目当てじゃなくて―と言っている三吾の抗議を無視し、聖はチラと佐穂子を見る。そして―

「なんや、佐穂子。わざわざ浴衣着たんかいな?」

「そうよ…悪い?」

「えっと…こう言う場合なんちゅうったっけ…」

 言葉を探すように視線を空に向けると、思い出したのか、あっ!そやと言いながらポンッと手を叩く聖。

「馬子にも衣装っちゅうヤツやな」

「ちょっ…それどういうことよ!」

 佐穂子が頬を膨らませると、聖はアハハと笑った。

「冗談や冗談…えぇやん、ごっつぅ似合うとるで♪」

 聖がフワリと笑うと、佐穂子も満面の笑みで笑う。たった一言なのに、その一言が凄く嬉しかった―。

「やっぱり着て来てよかったv」

「ん?なんや?」

「ううん、何でもない…ねぇ、聖?これ、開けていいの?」

 佐穂子が花火の袋を手に取ると、蝋燭に火を付けながら聖が応じた。

「おう、どんどんやり」

「うん!成樹くん、あっちでやろ♪」

「うん」

 成樹を引き連れていく佐穂子の後ろ姿は、幸せオーラが滲み出ていた。

「アイツも聖と同じくらい単純だよな…」

 三吾の小さな呟きなど佐穂子には届く余地もなかった。
 その横でガサゴソと花火の袋をあさっていた聖は、あった―と言いながらひとつの花火の束を手に取った。

「なんだ?」

「線香花火や」

「お前、それが好きなのか?似合わねぇ〜!」

「ちゃうわい!これはユミちゃんが好きなんや」

「弓生が?」

 三吾は、聖の視線が見据えているものに視線を移すと、そこにはベンチで一人煙草を燻らせている弓生が居た。

「昔もよくユミちゃんと2人で花火やったんやけど、昔からユミちゃんは静かに線香花火をするんが好きなんや。他の派手な光が出るヤツとかはほとんどやらん」

 他の袋からも次々と線香花火を回収する作業を続けている聖を横目に三吾は疑問を投げ掛けた。

「…それって楽しいのか?」

 ただひたすら線香花火だけをやり続ける―その行為。
 だが、聖はあっけらかんとして答えた。

「楽しいに決まっとるやないか。……よし!これで全部やな♪」

 納得したように呟くと、聖はマッハのスピードで脱兎の如く弓生の傍へと駆け寄っていった。

「ユミちゃ〜ん、待たせたな♪線香花火、持って来たでぇ〜♪」

 そして笑顔で弓生に全ての花火の袋から回収した線香花火を手渡す。
 両手から溢れんばかりの線香花火を渡された弓生はと言えば、三吾の予想通り困惑した表情を見せた。

「同情するぜ…弓生さん」

 三吾は苦笑すると、足元に落ちていた袋から花火を一本取り出すと火を付けた。




「なんや懐かしいな…」

「そうか?」

 ベンチに座っている弓生の向かいにしゃがみ、線香花火を手に取る聖。

「せやかて去年はやらんかったやないか?去年はなんや忙しゅうてバタバタしとったし…それに今年の夏ももう終わりやし…せやからこうやってユミちゃんと花火の想い出作りたかったんや♪」

 聖が弓生を見つめてから静かに笑うと、つられて弓生も微笑する。

「それにな、成樹も来年受験やし、三吾や佐穂子とも来年も一緒におられるか分からへん…もしかしたらアイツら来年は実家に戻っとるかもしれへんやん?せやから…そのための想い出作りや」

―(だからか)


 突然の花火大会の真意―それは弓生との想い出作り―それと三吾と佐穂子と成樹との想い出作り。
 聖の行動は突然と言えば突然だが、全てに意味があることを弓生だけは知っていた。


「アイツらにもその事を言えば良いのに…」

「そんなん恥ずかしゅうて言えるかいな!それに…」

 そっと瞳を伏せ、聖は静かに言葉を続けた。

「それに、ユミちゃんだけ知っといてくれたら、オレはえぇんや…」

 聖はフワリと笑うと、線香花火をもう一本手に取り火を付けた。




 弓生としばらく線香花火で楽しんだ後、三吾と共に様々な花火で楽しんでいた聖だが、次は何にしようかと残り少ない花火の袋をガサゴソと漁っていると中から打ち上げ花火が出て来た。その花火を目を輝かせながら意気揚々と手に取る聖。

「おっ!三吾、次はこれやこれ♪」

 弾んだ声で打ち上げ花火を三吾に向ける聖。

「おいおい、ちょっと待て、聖!お前何こっちに向けてるんだ?」

 三吾は花火の横に書いてある注意書きを指さした。

「ほら、此処に書いてあんだろ?『危険ですから絶対に人には向けないで下さい』って…」

「平気やこれくらい…陰陽師ならこれくらい避けんかい!」

「陰陽師とかは今は関係ねぇだろ!」

「なんや、最近の次期当主はだらしないなぁ…」

「うるせー!だったらお前がやれ!」

 冗談だったはずなのに―

「おう、えぇで♪オレが避けるわい♪」

 どう考えても嬉しそうな声である―。そして手を腰に当て、何故か威張ったように仁王立ちになる聖。

「だから…」

 三吾ははぁっと溜息を吐くと、もう一度その注意書きを指さした。

「だから書いてあるだろ!お前は字も読めねぇのか?いいか…読むぞ?危ないですから人には…」

「鬼やもん…」

「…は?」

「せやからオレ、鬼やん?此処には人には向けちゃアカンって書いてあるけど、鬼に向けてはアカンとは書いてないやろ?」

 どっこも間違えてへんと、当たり前のように抗議する聖。
 何処の世界の花火の注意書きに『鬼には向けてはいけません』と書いてあるのだろう―
 でもそんな常識が聖に伝わるワケがなく、ついに三吾はキレた。

「お〜お〜、分かったよ!ならやってやんよ!そん代わしケガしてもしんねぇからな!?」

「おう!どっからでもかかってこいや♪」

 ファインティングポーズで構える聖。嬉しそうだ―かなり嬉しそうだ。
 三吾は、どうなっても知らねぇからな…と、ブツブツ言いながら導火線に火を付けようとしたときだった。

「その位にしておけ、聖」

 それまで静かに線香花火をしていた弓生が顔を上げた。

「ユミちゃん?」

「確かにお前ならそれを避けるくらい容易いことだろう…だが、お前が避けて、もし後ろで遊んでいる佐穂子や成樹に当たったらどうするんだ?」

 弓生に言われ聖が振り返ると、確かに背後では佐穂子と成樹が楽しそうに花火で遊んでいた。
 聖は、ん〜…と考え、大きく頷いた。

「せやな!オレが避けて2人に当たったらマズイことになるし、避けへんでケガしたら、オレただの阿呆やし…」

 そう言いながら三吾から打ち上げ花火をひったくる聖。

「そう言うワケやから三吾、危ないことしたらアカンで?」

「……は?」

「昔っから打ち上げ花火っちゅうんは、でっかいお空に向けてぶっ放すもんや」

「………」

―そうだ!コイツは棚に上げるのが得意だった。しかもそれが無意識の内だから余計やっかいなのだ。
 頭を抱えた三吾は、いくつもの打ち上げ花火を地面に固定している聖を見て、仰々しく溜息を吐いた。
 そんな三吾の心中を知る由でもなく、聖は満足げに固定した打ち上げ花火を見て頷いた。

「よし!これで全部やな…お〜い、みんなぁ、そろそろメインイベントやでぇ♪」

 口に手を当て少しだけ離れた場所にいる佐穂子と成樹を呼んだ。

「あとユミちゃんも…最後くらいは一緒に楽しまんかい」

 やれやれ…というように弓生は立ち上がると、聖の少し後ろに立った。

「ほな、みんないくで?」

 聖が導火線に火を付けると、夜空に満開の花が咲いた。それを見つめながら佐穂子が呟いた。

「綺麗ね…」

「本当だね、綺麗だね」

「そうやな…なぁ、ユミちゃん」

「あぁ」

「こうなると夏ももう終わりって感じだよな」

 空に咲く花を見ながら三吾が呟くと、聖が笑顔で振り返った。

「楽しかったか?三吾」

「あっ?…ああ、まぁな」

「佐穂子と成樹は?」

「うん、凄く楽しかったわ」

「うん!マジで楽しかった。誘ってくれてありがとう、聖」

「そか…そんなら良かったわ♪」

 聖がホッとしたように満足げに微笑んだ。その傍らでは聖の心中を察したように弓生が立っている。
 そして誰にも分からないように聖の頭をポンポンッと優しく叩くと、聖はこれまた弓生にしか分からないほどの小さな声で呟いた。

「なぁ、ユミちゃん…」

「なんだ?」

「オレ、さっきあんなこと言うたけど―」

 其処まで言うと一旦言葉を止め、真剣な表情で弓生を顔を見つめる聖。

「オレ、やっぱ来年の夏もユミちゃんと三吾と佐穂子と成樹と―みんなで花火がしたい…出来るやろか?」

「…出来るといいな」

 弓生の言葉に、うん―と言うように頷くと、途端にいつもの元気な聖の顔になり、みんなに向かって叫んだ。

「ほな、花火の後はオレらん家でパーティや♪…三吾、西瓜も冷えてるはずやから楽しみにな♪」

「だから俺は別にスイカ目当てじゃないって!」

 必死で抗議する三吾を見て、遠慮すなて…と笑いながら聖はマンションに向かって掛けていく。
 そんな聖の後を秋の気配を帯びた風が通りすぎる―

「今夏ももう終わりだな…」

 弓生が小さく呟いた。


 千年以上生きて来た鬼にとっては、この夏もほんのひとときの夏の日なのかもしれない―
 だが、弓生にとっても聖にとっても、とても大切な夏の想い出になったことは間違いない―


―やっぱオレ、来年の夏もユミちゃんと三吾と佐穂子と成樹と…みんなで花火がしたい


 先ほどの聖の言葉―聖の願い。
 その時に言えなかった言葉を弓生は心の中で呟いた。


―出来るさ、きっと




 

End





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「夏だ!祭りだ!ワッショイ!」と思い、弾けたのを書こうと
思っていたのに何となくしんみりしちゃいました…
あれ?何処でどう間違えたんだろう…(笑)
結果、分かったこと。
聖がしんみりすると小説自体もしんみりしてしまうことが発覚しました!
嗚呼…聖の影響って大きいものだ…(私にとって)
でも花火ではしゃぐ聖は可愛いですv
聖ですからね、可愛いに決まっていますよねぇ〜vvvv←惚れた弱み(笑)
それにしてもユミちゃんは本当に線香花火が似合うなぁ…(個人的意見)
なんだかんだ言いつつ、阿佐ヶ谷メンバーは大好きです!
これからも集まってはワイワイガヤガヤやって欲しいものですv
それにしてもやっぱり三吾は原作のみならず、ウチでも貧乏クジだなあ(笑)


作:2004/08/28