天気の良い日曜日の朝―
寝室から出てきた弓生がいつものようにソファに腰掛けると、これまたいつものように聖がキッチンから和やかに声を掛ける。
「ユミちゃん、おはようさん♪」
「あぁ」
そう一言だけ答えると、既に机の上に綺麗に折り畳んで置いてある新聞へと手を伸ばす。
そこへ珈琲を2つ持った聖が歩み寄ってきて、手にした片方を相棒へと渡す。
「ほい、ユミちゃんv」
「あぁ…すまない」
珈琲を受け取り一口飲むと、弓生はふと横にいる聖の視線に気が付いた。
いつもなら弓生に珈琲を渡すと自分の分は机の上に置き、直ぐに朝食の支度に取りかかるのに、今日の聖はキッチンに戻らずに、何か言いたげに珈琲を持ったまま弓生の隣に座っている。
「どうした?」
弓生が問い掛けると、手の中のカップを弄んでいた聖は動きを止めた。そして…
「なあ、ユミちゃん…今日暇か?」
「そうだな。今日は特に用が無いから部屋でゆっくり本でも…」
弓生が最後まで答える前に、聖は顔をパアッと明るくさせた。
「なら、天気もええことやし、一緒にディズニーランド行こうや」
「………ディズニーランド?」
聞いてはいけないものを聞いてしまったように弓生は静かに反復する。
「せや…ほい♪」
笑顔で頷き、掛け声と共にリモコンのスイッチを押すと、今まで静かだった画面に賑やかな光景が現れた。そしてそのまま聖は音量を上げる。
『ご覧下さい。此処、ディズニーランドは既に人がこんなに並んでおります。なぜなら今日はなんと、ミッキーマウスが至る所に出現すると言われている特別な日であります。いつもはなかなかミッキーに逢えないとお嘆きの貴方も、今日なら逢えるかもしれませんよ♪』
賑やかなリポーターの声。そしてそのニュースを頬杖を付きながら満面の笑みで見ている聖。それで弓生は全て察した。
聖が感化されやすいのは毎度のことである。
恐らく弓生が起きて来る前から色々なチャンネルでこの様なニュースを見ている内、すっかり頭の先から爪の先までディズニーランドに染まってしまったのだろう。
弓生は新聞を広げると、ワザと上にあげTVの画面を隠した。つまり無視を決め込んだと言う態度だ。
「なぁ〜、ユミちゃん…オレも行きたい〜」
「………」
「オレかてミッキーさんに逢いたい〜…なぁ〜、ユミちゃん」
「………」
「せっかくの日曜日なんやし、天気もええんやし、行こ〜や」
「………」
使役鬼の2人には日曜日など関係ないのだが、周りに感化されやすく、お祭り行事の大好きな相棒には関係のないことである。
正月を初めとしてバレンタイン、GW、七夕、お盆、クリスマス、誕生日…
この相棒の年間行事は数え上げたらきりがない。
…と言うことで無視を決め込んだ弓生の新聞がどんどんと上にあがっていく。
だが、今日の聖は一歩も引くことなく諦めない。弓生が読んでいる新聞に指を掛けて下げ、顔を覗き込む。
「ユミちゃん、行こ♪」
余りしつこくすると本気で怒ってしまうので、此処ら辺は長年の微妙な駆け引きである。
「しつこいぞ、聖…それより食事はまだか?」
「ええやん、今用意するさかい。それよか、ユミちゃぁん…ユミちゃんかてミッキーさんに逢いたいやろ?」
「別に逢いたくはない」
「なんやっ!ミッキーさんに逢いとうないなんて、ユミちゃんそれでも日本人か!?」
―(日本人も外国人も関係ないのでは?それ以前に自分たちは人間ではなく鬼だ)
心の中でそんなツッコミをしてから、弓生は新聞を折り畳むと立ち上がった。
「兎に角俺は行かない。これ以上この話を続けるのなら俺は部屋に戻る。食事が出来たら呼んでくれ」
冷たくそう言い放ち踵を返そうとした弓生はふと、何気に聖に視線を向けた。
するとそこには泣きそうになる顔を堪えながら、今の弓生の行動を見つめていた聖が居た。聖は弓生と目が合うと居たたまれなくなったように、ついっと視線を逸らした。
そして聖は弓生から視線を逸らせたまま、賑やかなテレビの画面を見つめる。話題はディズニーランドから一変し、今は芸能界の離婚騒動を報道していた。
聖はそのままの姿勢でリモコンのボタンを押しテレビを消すと、画面は一気に暗くなった。そしてポツリ…と静かに言葉を漏らす。
「別に…別にディズニーランドやのうてもええんや…」
「聖?」
「ただ、オレ…ユミちゃんと2人でどっか行きたかっただけなんや」
「…聖」
「なんかきっかけあったらユミちゃんかて『ええよ』って言うてくれる気ぃしたんや…けどオレ、アホやから…上手いきっかけが、よう思いつかんのや…」
―(だからTVから流れている話題をきっかけにしようとしたのか)
「けど、やっぱそんなんじゃアカンな…ちゃんと自分で考えんと…」
弓生は自室に戻り掛けた足をもう一度リビングへと戻した。
そしてソファの上で膝を抱えて背中を丸めて座っている聖の隣へと腰掛ける。
「ユミちゃん…?」
「俺は別にディズニーランドやミッキーマウスが嫌いなわけではない」
「…そうなんか?」
「好きなわけでもないがな」
「そか」
「ただ、人混みが嫌いなだけだ…今日は特に人が多いと言っていたからな」
「…そか」
その言葉に安堵したように小さく微笑む聖。
弓生はそんな聖をグイッと引き寄せると、額に軽く口付けをした。
突然の事に驚いて目を丸くさせている聖を横目に、弓生は口の端だけあげて微笑んだ。
「それに別に俺は何処にも行かなくても、お前と居られるんなら此処でも十分だ」
突然の弓生からのキスと愛の言葉―。
両方一緒に貰ってしまった聖は、口を尖らせて弓生の肩に寄り掛かった。
そしてほんのりと頬を赤く染めながら口付けをされた額にそっと触れる。
「ユミちゃん…ズルいで…」
「…なにがだ?」
「不意打ちやし、こんなことして貰ろたら…オレもう、我が儘言われへんやんか…」
嬉しさと拗ねてる気持ちが入り乱れている様子の聖の肩に手を回す弓生。
さすが相棒の扱い方には慣れているようだ。
しかも折り紙付きの単純さなので、今回も上手くごまかせたと内心ホッとする。
だが…
「…しゃあない!ほなディズニーランドは今度行こな♪」
「………えっ?」
肩に回していた弓生の手がピクリと動く。
「なんの話だ?」
「せやかて、ユミちゃん言うてたやんか?『ディズニーもミッキーさんも嫌いやない』て♪」
「…それは」
「今日は人が多そうやからイヤやて…せやから今度空いてるとき行こな…約束やで♪」
満面の笑みで弓生の顔の前に小指を差し出す聖。
相棒の扱い方に慣れているのは弓生なのか…それとも実は聖なのか…
それは答えのない方程式であった。
〜End〜
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