僕が君を抱き締める理由







「愛ってなんなんやろな…」

 頬杖を付き、空を見上げながらの聖の言葉に三吾は耳を疑った。

「…は?」

「せやから、お前は愛ってなんやと思う?」

 ふぅ…と空を見上げながら溜息を吐く聖に対し、三吾は思わず額に手を当てた。

「お前…なんか変なものでも食ったのか?熱でもあんのか?」

「ムカつくなぁ!なんやねんその反応!」

「お前がらしくねぇこと言うからだろ!?暑さが頭に来たとか?」

「やかましい!それ以上言うたらしばくで?」

 とは言うもの、聖の視線は未だ何処を見てるわけでもなく、ただ、宙に浮いている。

「…なんかあったのか?」

「なんで?」

「いや、別に。ただお前、元気ねぇなと思ってよ…」

「オレかて年がら年中元気なわけやあらへん…人のことアホみたいに言うなや」

 毒気吐く聖だったが、確かにいつもの元気はない。

「聞いてやるよ…聞いて欲しいんだろ?」

「…三吾」

 静かなトーンで問われた聖は頬杖を解き三吾を見つめた。

「弓生と喧嘩でもしたか?」

 その問いに聖はいや、と静かに首を横に振る。

「オレとユミちゃんがさいさい喧嘩なんかするか…その逆や」

「逆?」

 そしてポツリ…と呟くように話す。この鬼にしては珍しい反応だ。

「うん、最近な会話があんま無いんや…たまに会話があるゆうてもユミちゃんは仕事のことだけやし。ほな、ここはオレが一丁盛り上げて!…思て色々話してもユミちゃん全然聞いてくれんし…」

 一端言葉を止め、聖は再びポツリ、と続けた。

「それになユミちゃんな、オレに好きやって言うてくれたこと滅多にないんや」

「…けどよ、弓生ってそういうことホイホイ言うタイプじゃないだろ?なら仕方ねぇんじゃね?」

「そらそうやけど…けどオレかて言うて欲しいときくらいあるんや。そうやないとオレかて不安になるんや」

「聖…」

「もしかしてユミちゃんがオレと一緒に居るのは、単にオレしか居らんから仕方なくかもしれん」

―それは1000年以上もの時を共に過ごせるのは互いしか居ないから、という意味が含まれている。

「そう思わんか?」

「そんなことねぇと思うけど…だったら今の不安な気持ちをそのままぶつければいいじゃねぇか。俺よ前からいっつも思ってたけど、お前ら互いに遠慮しすぎてると思う」

「こないなこと本人に言えるわけないやろ?遠慮とかそうゆう問題やないんや。…それにこうゆう大事なことは無理に言うて貰ても嬉しゅうない」

 時々この鬼はまともなことを確信を突いてくる。確かに愛の詞は自然と出てくるものだ。だが、ということは―。

「オレに好きて言わんっちゅうことは、もう好きやないのかもしれん」

 泣きたいような表情で、聖は複雑に笑う。

「聖…」

 三吾は掛けるべき言葉を失った。どんな言葉を掛けても嘘っぽい気がしたからだ。
 しばらくお互い無言の時間が過ぎたが、いきなり聖は思いっ切り明るい声を出した。

「…なぁんてな!なんやしんみりさせてしもてかんにんな!ほな、オレそろそろ行くわ…夕飯の買い物もせんならんし」

「ああ」

「ほなな」

 明るく朗らかに手を振り、雑踏へ消えていく聖。

「なにが、ほなな。だよ…思いっ切り明るい声だして分かりやすすぎだっての!」

 だが、これは二人の問題だ―自分が口を出すことではない。

「なっさけねぇなあ…」

 それは誰に対しての言葉なのか―三吾は宙に向けて煙草の煙を吐いた。
 その時だった―雑踏の中から車の急ブレーキの音が届いた。

「なんだ?事故か?」

 取り立てて気にも止めなかった三吾だが、野次馬らしき中年の女性の話す言葉を聞いた瞬間、挟んでいた煙草がポトリと地面へと落ちた。

「やあねぇ、事故?」

「大学生くらいの男の子ですってよ」

「TシャツにGパン姿だったわね」

「そう言えば関西弁だったわよね」

―TシャツにGパン姿の関西弁の男?

「まんま聖じゃねぇか!あのバカ!なにボーっと歩いてんだよ!」

 ガタリと引いた椅子が転げたが三吾は気にもせず事故のあった―聖が消えた方向へと走った。






 急かされるような音で携帯が鳴り、弓生は席を立った。画面には“三吾”と表示されている。

「なにか用か?」

「……お前に話がある」

「悪いが今は打ち合わせ中だ。あとにして…」

 相変わらず無愛想な弓生の言葉に気にもせず、三吾は言葉をぶつけた。

「人は超能力者じゃねぇんだ。言わなくても分かるなんて便利なシロモンじゃねぇ。伝えなきゃいけない言葉はきちんと口にしろ!そうでないといざ言おうとした時にそいつはいないって羽目になるぜ」

「…いきなりなんだ。何が言いたい」

「いいから最後まで聞け!そりゃお前等には時間がたくさんあるのかもしんねぇ、けどその時間だっていつ突然終わることだってあるんだろ?その時になって後悔してもいいのかよ?」

「…下らない。切るぞ?仕事中だ」

「…聖が事故に遭った」

「………今なんと言った?」

 三吾の事務的に内容を伝える声に、弓生は僅かに反応が遅れる。強いて言えば、三吾は事務的なのではない―冷静を装ってそういう口調になったのだ。

「聖が事故に遭って救急車で運ばれた…病院は」

「…………」

 三吾から病院の名を聞き、弓生は口の中でその病院名を繰り返した。
 切り際、三吾は一言だけ言い残した。

「アイツを離すなよ…アイツにあんな顔させんな」

 ブツリ―と言う音を残し受話器の向こう側からはツーツーという無機音だけが聞こえてくる。

「どうした?打ち合わせを続けよう」

 達彦に言われ、弓生ははい、と頷いた―が。

「どうした?」

 いつまでも動こうとしない鬼に、達彦は視線だけよこした。

「申し訳ありません…迎えに行かなければならなくなりました」

 達彦に深々と一礼し、弓生は部屋を出た。






―ユミちゃん


 弓生の脳裏で、聖が此方を見て笑っている。弓生はゆるゆると首を横に振った。だが、引き続き脳裏に在るのは聖の笑顔―無防備に笑う天真爛漫な笑顔―ふわりと微笑む笑顔―。あの笑顔に見つめられると心から安心していた。


 直ぐに拗ねたり膨れたりする子供みたいな所が可愛く愛おしい。
 直ぐに泣きそうな表情になったり怒ったり笑ったり…。
 そんな喜怒哀楽が激しい所が…。


―聖。


 弓生はステアリングを握り締める。


―聖、無事で居てくれ…。


 俺はお前が詞を欲しがっていた事に気付いていたのに、言わなくても平気だと思っていた。だが言わなくても分かってくれるだなんて、それは自分のエゴだと気付いた。俺はただお前に甘えていたのかもしれん…。


―聖、俺はお前に伝えなければならないことがある。


 弓生は祈るような気持ちでステアリングを握り締め、車のスピードをあげた。


―だから待っていてくれ…俺はお前の事が――。






 BMWを駐車場に置き、上着を取る腕ももどかしく弓生は走り、受付へとやって来た。

「すみません。先ほど戸倉聖という二十歳くらいの男性が運ばれたと思うのですが、何処にいけば…」

「戸倉聖さんですね?お待ち下さい」

 受付の女性がペラペラと紙を捲っている。するとその時―。

「えっ!?ユミちゃん?ユミちゃんやないか」

 背後から掛かる声―その声に弓生はハッとして振り返る。そこにいたのは―。

「聖」

 そこにいたのはこの世で一番大切な、聖だった。

「ビックリしたわ〜!もしかしてユミちゃんわざわざ迎えに来てくれたんか?」

 目を丸くしながらも天真爛漫な無邪気な笑顔で走り寄ってくる聖。
 弓生の脳裏に焼き付いて離れない聖の―大好きな笑顔。
 聖の姿を見つけた次の瞬間、弓生は思わず聖を抱き締めていた。

「驚いたのはこっちだ、聖っ!!」

「ちょっ?ユミちゃん…どないしたん?」

「どうって、お前が事故に遭ったと三吾から聞いて…」

「事故?ちゃうちゃう!事故に遭いそうやったじーさん助けただけや。そしたらなんやじーさんの持病が出て大騒ぎになってもうて救急車まで来てしもて…なんや流れでじーさんと一緒に救急車乗る羽目になったんや。まあちょっと怪我もしてしもたしな」

「怪我…大丈夫か?」

「あぁ大したことない…ちょっとしたかすり傷や」

 そう言いながら腕の包帯を見せる。

「大袈裟に見えるけど、このくらいやったら明日には治っとるわ」

「そうか…良かった」

「けど、三吾もあん時居ったし、これくらいなんやから別にユミちゃん呼び出さんでも…大袈裟なヤツやな」

 この時点で、ようやく三吾にかつがれたことに気付く弓生。だが、かつがれたと分かっても、もはや弓生は自分の言葉を止めることが出来なかった。

「そんなことはない―心配、した」

 その言葉に、ユミちゃん…と気遣わしげに聖が名を呼ぶ。

「心配してくれたんか?えらいかんにんな……って、ユミちゃん、ちょい痛いねんけど」

 聖がそう言ってしまったのは無理もない―弓生は抱き締める力を緩める事無く、いや、逆に全身の力を込めて聖を抱き締めていたのだから…

「ユミちゃん?」

「俺は…」

「えっ?」

 耳を澄ませないと聞こえないくらいの小さな弓生の囁き―聖は顔を上げ、弓生を見つめた。

「ユミちゃん…今なんか言うたか?」

「此処に来るまでの間…俺は考えた」

「なにを?」

「此処に来てこうしてこの腕で実際お前を抱き締めるまでの間だ…お前がいなくなったらと思ったら息が…この心臓が止まりそうだった…」

「ユミちゃん」

「イヤなんだ…お前が俺の前からいなくなるのは…お前に傍に居て欲しい………」

「ユミちゃん…」

「聖………愛している」

「ユミちゃん」

 弓生からの愛の詞―聖は弓生の背中に回した手に、ぎゅっと力を込める。それで弓生は、ようやく今、自分がしていることに気が付いた。

「あぁ、すまん」

 弓生は抱き締めていた聖を解放しようとした…が、聖はひっついたままだ。

「聖?」

「まだや…もう少しこのままで…なんやオレ、今ごっつぅ幸せやねん。ごっつぅ嬉しいねん…せやからこのまま抱き締めていて欲しいねん……えぇ?」

 弓生はそっと聖の頭を優しく掻き混ぜた。そして額に口付けを落とす。

「あぁ」

 その言葉に聖はこの上なく幸せそうに弓生の胸に顔を埋めるのだった。







〜終〜 





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33333Hitゲッター弥生様のリクエストにお答えしました!
「弓生に抱き締められる聖」というリクエストでしたが、
上手くお答えできたでしょうか?ドキドキ
今回、“抱き締められる”というシュチュエーションで
色々考えたのですが、なかなか決まらず、
どうせ抱き締めるのなら弓生さんに愛の言葉のひとつでも
言って貰おうと思ったのですが、
普段から滅多に言わない旦那様なので、苦労しました(笑)
けれども愛だけは込めさせて頂きましたv
お気に召して頂けたら幸いですvvv

この度はリクエストを下さり、本当に有り難う御座いました!
作:2005/08/22