虹色の雨





 爽やかな秋晴れの続いている無限城―銀次は天子峰と共に、ゲン爺と呼ばれている医者の元を訪ねた。
「てしみねさん…ぼく、どこもわるくないよ?」
「いや、今日は俺が用が在るんだ。銀次は俺の付き添い」
「そっかv」
 医者が苦手な銀次は心からホッとした。…と言うのも、つい最近も怪我をして医者に運ばれたばかりだった。
 しみる薬を付けられ、泣いたのも最近の話。
 だが此処は無限城―普通の怪我などすぐに治ってしまうのは誰でも知っていた。
 それでもつい、銀次が怪我をする度に医者に連れていってしまうのは、天子峰が輪をかけた心配性だからだろう…






 天子峰と銀次がゲン爺の元を訪ねると、既に先客が居た。どうやらその客と天子峰が、此処で待ち合わせをしていたらしい。だが、すっぽりとフードで隠しているため、その者の顔までは覗けない。
 そしてその者の横にいるのは、同じ様なフードを被った少年。背丈も年齢も銀次と同じくらいの…少年。
 天子峰は銀次と同じ目線になるようにしゃがむと、小声で銀次に話しかけた。
「俺は今からこの人と大事な話があるから、銀次はしばらくの間、あの男の子と遊んでいてくれるか?」
「あの子と?」
「ああ。確か歳はお前と同じと聞いている」
「うん!わかった!」
「お前の方が此処に詳しいんだから、色々案内してやれよ」
「うん!」
 銀次は大きく頷くと、その少年の元へと駆け寄った。
「えっと…はじめまして!ぼくはあまのぎんじっていいます。よろしくね♪」
 顔の半分くらいを占めている大きなクリクリとした瞳を輝かせ、銀次がニコニコと手を差し出すと、少年は無視するようにプイッと横を向いた。
 そこで銀次は再びその少年の目線に回り込むと、同じように手を差し出した。
「こんにちは!あまのぎんじです。キミのなまえは?」
 だが少年は何も答えない。
 銀次はおかしいな…と言うような顔をしていたが、ハッとして天子峰の袖をクイッと引っ張って小声で話した。
「どうしよう…てしみねさん…もしかしてこの子…にほんごがわかんないのかも…」
 銀次のその言葉に、少年は思わず言い訳するように銀次の方を振り返った。
「分かるよ、ボケッ!」
 答えてしまった後に、しまった!という様な顔をして思わず口を塞ぐ。
―が、時既に遅し。
 銀次はニコニコして嬉しそうにその少年の手を取った。
「わ〜いvはじめてしゃべってくれたvにほんごつうじるなら、たくさんおはなしできるねv」
「誰がお前と喋るって言ったよ!?俺は誰とも遊ばねぇし誰とも喋らねぇ!」
 天の邪鬼な少年。
 嬉しいくせに反対のことを言ってしまうのは、この頃から何ら変わらない。
「ねぇねぇ、キミのなまえは?」
「お前、人の話聞いてないだろ!」
 そのやりとりを見ていた老婦はプッと吹きだした。
「蛮、お前の負けだね。坊や、この子の名前は美堂蛮って言うんだ」
「ばん?」
「あぁ…そうだよ。歳は坊やと同じ、7歳だ」
 そう言いながら老婦は、少年―蛮が被っていたフードを取った。
 その結果、銀次の目の前で露わになる蛮の顔立ち。
 見事なまでの黒髪に、吸い込まれそうになる程の紫色の瞳。
 きれぇ…
 銀次は思わずその瞳に見惚れてしまった。
 隣では余計なことを言うなと、蛮が止めているが、老婦は続けた。
「この子は友達を作るのが苦手でねぇ…どうだい?坊や、蛮の友達になってくれるかい?」
「うん!もっちろんvじゃあいこっ、ばんちゃんv」
―蛮ちゃん
 その響きに老婦は再びプッと吹きだし、アハハと大きな声で笑い出した。
 蛮自身も始めて呼ばれるその響きに、一瞬固まってしまった。
「ババア、笑いすぎなんだよ!おい銀次、お前も『ちゃん』付けだけは止めろ!」
「あ〜vぼくのなまえ、おぼえてくれたんだv」
「あんだけ何度も連呼されたら、覚えるに決まってンだろ!…つーか、お前はまず人の話を聞け!!」
 ぎゃーぎゃー喚く蛮の手を取り、銀次はゲン爺の家を出た。
「気を付けろよ、銀次」
「はぁ〜いv」
「坊や、蛮を宜しく頼んだよ」
「はぁ〜いv」
「俺は行かねぇって言ってンだろ!!」
 銀次の元気の良い返事と蛮の怒鳴り声が、いつの間にか遠くへと移動していた。






「きょうはね、ばんちゃんにあったおいわいで、いいとこつれてってあげるね♪」
 銀次がニコニコして歩いている。
「なんとね、だぁれもしらないひみつのばしょなんだよvばんちゃんv」
 『ちゃん』付けするな!―と、どんなに言っても、俺はお前とは遊ばねぇ!―と、どんなに抵抗しても、銀次のペースからは絶対に逃れられないと悟った蛮も、渋々後ろから付いてくる。
「ばんちゃん、ここはいしとかがおおいから、きをつけてあるいてね。あしもとみなきゃ、あぶな…うわぁ〜!!」
 ガラガラガラ!!
 そんな音と共に、気付いたら銀次が数メートル下に落ちている。
「お前…自分がちゃんと足元見ろよ」
 蛮ははぁっと溜息を吐くと、傍にあった瓦礫を利用して銀次の元へと行き、手を差し出した。
「えへへ…ありがとう、ばんちゃんv」
 銀次が笑顔でその手を取ると、余程足場が悪いのか、余程銀次がドジなのか、再びバランスを崩し、今度は蛮もろとも落ちてしまった。
「おわっ!」
「うわぁ〜っ!」
 綺麗なまでに見事に落ちた二人の頭に、上から小石が落ちてくる。
「超いてぇ〜っ!このドジ!アホ!ボケ!」
「ごめんね…あぃたた…」
 だがこんなことはしょっちゅうなのだろう。銀次の方は、かなり慣れたと言った感じである。
「あっ…ばんちゃん、ここ、ケガしてる」
「えっ…ああ、ここか…いつっ!」
 蛮が自分の右頬に付いた傷口にそっと触れると、銀次の瞳に涙が溢れてくる。
「こんくらい大したことねぇよ。舐めときゃ治る。…ってかお前が泣くなよ!しかもこれしきのことで!」
「でもでもっ、ばんちゃんにケガさせちゃった…」
「だからいいって!」
 何故か銀次に泣かれるのが苦手な蛮は、ぐいっと銀次の瞳から流れる涙を拭った。
「ふぇ…?」
「頼むから泣きやんでくれ…な?」
 蛮はそう言いながら、銀次の頭を良い子良い子を意味するように優しく撫でた。
「…うん!」
 銀次はなんだか嬉しくなって、自分の瞳から流れている残りの涙を必死にゴシゴシと拭った。
 そして―
「あっ!そういえばぼく、バンソコをもってたんだ!」
「へっ?絆創膏?」
「うん!ぼく、いっつもケガしちゃうから、てしみねさんがもっとけって…たしかポケットに…」
 銀次がゴソゴソとポケットをあさり始め、あった!と叫んで絆創膏を取りだした。
―あるんならさっさと出せよ!
 と蛮はツッコミたかったが、止めておいた。
「ぼくがはってあげる!」
「いいよ、自分で…」
―貼れるわけがない。
 仕方なく蛮が頼むと言うと、銀次は嬉しそうに絆創膏の紙をぺりぺりと剥がし出した。
 そして痛いの痛いの飛んでけぇ〜♪と言いながらそっと絆創膏を貼った。
 蛮は怪我をしたというのに、何故か嬉しかった。
「じゃ、いこっか♪」
「落っこっちまったけど、こっからその秘密の場所ってのは…分かるのか?」
「うん!もっちろんv」
 銀次がドンッと胸を叩いたのを見ると、蛮は逆に不安になるのだった。






 そして再び歩き出して30分―。
 最初こそは蛮に色々質問したり、自分のことを話したり、唄を歌いながら歩いていた銀次も、時間が経つに連れ、次第に無口になってくる。そこで蛮は、先程から気になっていたことを口にしてみた。
「…なぁ?」
「えっ?」
「お前…やっぱ迷ったろ?」
「………そ、そんなことないよ♪」
「…今の間はなんだよ」
 蛮はマヂかよ…と呟き、頭を抱え込みながらその場に座り込んだ。
 すると銀次もその横に座り込む。
「あの…その…ゴメンね、ばんちゃん…」
「いいよ、もう別に」
―迷うと思ってたから。
 そんなこと言えるはずもなく、蛮は空を見上げた。
 どんよりとした天気はまるで…
「雨…降りそうだな」
 言われて銀次も空を見上げる。
「ほんとだ…」
「ひとまずどっかに行こうぜ!濡れたら最悪だ!」






 蛮の予想通り、空からは大粒の雨が落ちてきた。
「すっげぇ降りだな…」
「……………」
「でもまあすぐに晴れるだろうよ。あっちの空はもう青いし…」
「……………」
「銀次?」
 いつもなら黙ってても話しかけてくる銀次が、先程から黙ったままだ。
「どうした?銀次」
 蛮は俯いたまま膝を抱えている銀次の隣に座った。
 すると、銀次が小さな声で話し始めた。
「ゴメンね…ばんちゃんとあそぶってやくそくしたのに、けっきょくぼくがまよっちゃったせいで、あるきまわっただけだし、ばんちゃんにケガもさせちゃったし、まいごにもなっちゃったし、それにあめも…」
「いや…雨はお前のせいじゃねぇだろ」
「でもっ…」
「それに…俺はまあまあ楽しかったぜ」
「…ホント?」
「ああ、なんかよくわかんねぇけど、お前と過ごせて楽しかったし、まあいいんじゃねぇか」
「そっか…ならよかったv」
 銀次がホッとしたように微笑むと、蛮は優しく髪を撫でた。






 それから二人は沢山沢山話した。


 蛮は自分の祖母とマリーアの話を―
 銀次は天子峰と無限城の友達の事を―
 蛮は銀次の声が愛おしかった。銀次の笑顔が眩しかった。
 楽しかった―本当に楽しかった。
 蛮は、こんなに楽しい時間なら、永遠に続けばいいと思っていた―雨に感謝さえもしていた。
 だが、そんな時間にも終わりが来ようとしていた。






「そろそろ帰んなきゃな…いくらなんでもババア達が心配してるだろ」
「うん、そうだよね…」
 蛮に続いて銀次が立ち上がったときだった。
「あっ…!銀次、来て見ろよ!」
「えっ?」
 蛮が銀次の腕を掴み、グイッと引っ張った。
 そして二人の目の前に現れたのは―






「わぁ…きれー…」
「だろ?俺も虹なんて久し振りに見たぜ!しかも夕陽のおまけ付き」
 そう、二人の目の前に輝いているのは虹。
 そして暮れかかる夕陽のグラデーション。
 この二種が醸し出す、人力では決して作り出すことの出来ない色彩の美しさに、蛮と銀次はいつまでも見惚れていた。
「銀次…」
「ん?」
「今日はマヂでお前と遊びに来て良かった…と思うぜ」
「ホント?よかったv」
 夕陽に照らされた銀次が、満面の笑みで微笑む。
 その笑顔が眩しくて…
 蛮は思わず銀次の額にキスを贈ってしまった。
「ばん…ちゃん?」
 思わずとはいえ、考えもせずにしてしまった自分自身の行動に、蛮は焦りの色を隠せなかった。
「あっ…今のは…その、今日の礼だ」
 夕陽があって良かった―だって今の自分は、きっと顔が真っ赤だから。
 でも今ならもし指摘されても、夕陽のせいに出来る。
 色々な言い訳が蛮の頭をよぎったが、銀次は深く考える事無くニッコリと微笑んだ。
「ぼくも…きょう、ばんちゃんといっしょにあそべてたのしかったよvありがとうv」
 銀次は握手―というように手を差し出した。
 蛮は素直にその手を取った。
「俺も…今までで一番楽しかった…サンキュ」
「また、あそぼうね!」
「あぁ…また遊ぼうな」
 そして二人は手を繋いだまま、夕陽を背にして、蛮の祖母と天子峰の待つゲン爺の家へと急いだのだった。









銀次…お前に逢えて良かった


ぼくも…ばんちゃんにあえてよかった








この時交わした約束が果たされるのは、それから何年後かのお話―










〜End〜







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蛮銀同盟に飾っていただいていた作品その4です。
これは同盟の企画で書いたもので、企画名は『ショタ萌え万歳☆』
(本当はちゃんとした名称があります…;;)と言うことでした。
ぶっちゃけ、この当時は時間が全く無かったから無理だと思ったのですが、
やっぱりショタ萌えパワーは凄かった…私に力を与えてくれた…(笑)
…ということで締め切り日当日くらいに短時間で書いちゃった小説でした。)
もっと上手く時間をやりくりして、2本は投稿したかったので残念無念でした。
間に合わなかったもうひとつのネタは、機会があったらサイトで書きたいと思います。

元・会員の皆様。こんなものを読んで下さって、当時は有り難うございました(礼